11.逃げる(ブチャラティ)
食後にふたりでシャンパンを一本空けた。私はほろ酔いだけれど、ブチャラティはこれくらいでは顔色ひとつ変わっていない。
「…ん」
目が合って、キスをする。シャンパンのおかげでいい具合に脳がとろけて、甘い声が漏れた。 良い声で名前を呼びながら、ブチャラティはゆっくりと私をベッドに押し倒す。付き合って初めてのセックスにしては、なかなか良い雰囲気だと思う。
ブチャラティの手のひらがトップスの中に侵入して、お腹のあたりを撫でた。 新しい恋人と初めてセックスをするときは、いくつになっても緊張する。
なにか心残りはないだろうか。 つま先まで見られてもいいようにきちんとペディキュアも塗ったし、ブチャラティの家に来る前にシャワーも浴びた。ボディクリームも全身に塗ったし、下着だって―――。
「あっ」
下着―――。 急に冷静さを取り戻した私はするりとブチャラティの腕から抜け出した。 まさにこれから、という場面での私の奇行に、ブチャラティはキョトンとしている。そりゃそうだ。
「おい、どうした」 「ご、ごめん。えっと」 「やっぱりまだ早かったか」 「いや、そういうわけじゃ…」
別に生娘というわけでも、セックスに恐怖を抱いているわけでもない。むしろセックスは好きだ。生返事を繰り返す私に、ブチャラティは首を傾げた。 変に誤魔化してはますます怪しまれるだろう。私は正直に言った。
「ちょっとあの…今更なんだけど、すごい気合い入った下着付けてきたから、引かれたらどうしようかと思って」 「そんなことで引くか!」
珍しく声を荒げる。思わぬところでお預けを食らったブチャラティは、その理由に呆れたようだった。しかしすこし間をあけると、
「…気合い入った下着ってどんなやつだ」
と呟いた。気になるのか。
「総レースで、透けてるやつ」 「上も下もか」 「うん。なんか急に、ブチャラティにこんなエロいの見せていいのかって冷静になっちゃって」 「むしろ俺以外の誰に見せるんだ」
それもそうか。
「でもなんかこう…コイツすげー張り切ってんなとか思われたらやだし」 「いや、大丈夫だ。興奮する」 「マジ? よかったぁ」 「ああ。だから早くこっちに来い」
そう言ってブチャラティは自分の胸元を指差した。すこし乱れたその胸元に飛び込んで、お預けにしてごめんねとキスをする。
「ほんとにな。もう逃げるなよ」
笑いながら言って、ブチャラティはあらためて私をベッドに押し倒した。
終 2019.05.25
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