10.惚れる(リゾットと嫁)

 私の旦那様は美しい肉体を持っている。
 こちらが思わず目を背けてしまうほどのまぶしい肉体美。それを素肌にコートを羽織っただけで、隠そうともしない。惜しげも無く胸元や腹筋を晒して、仕事へ出掛けるのだ。


 リゾットはソファで脚を組んで座っている。
 ただそれだけなのに、肌蹴たコートから素肌が覗いて、私はひどくドキドキしてしまう。結婚して1年が経とうとしているのに、彼の色気には未だ慣れない。

「どうした。早く来い」
「は、はい!」

 肉体にふさわしいセクシーな声が聴こえて、心臓が跳ねた。2人分のマグカップを持つ手が震えて、なみなみと注いだコーヒーが溢れそうになる。

 テーブルにカップを置くと、リゾットが私の腰を撫でた。そのまま抱き上げられて、膝に乗せられる。
 彼との力の差はまるで大人と子どもだ。リゾットの前だと私はあまりにも無力で、されるがままになってしまう。

「なにを緊張してる」
「ご、ごめんなさい。あなたに会うの、久しぶりで、それで」
「俺の顔を忘れたか」

 どこか冗談めかしてリゾットが言う。
 といっても、表情も声色もほとんど変わらない。
 結婚したばかりのころは、彼のこんな声色の変化には気づけなかっただろう。

「違います! ひ、久しぶりにお会いしたから、その、目が慣れなくて」
「なんだそれは」
「…あなたがすごく格好良いから、ドキドキして仕方ないんです」

 勇気を出して言ったのに、リゾットは「そうか」と一言漏らしただけだった。
 けれど、胸元に顔をうずめるみたいに強く抱き締められて、彼の熱を感じて嬉しかった。夫は口数が少ないけれど、こうして態度で示してくれるのだ。1年の結婚生活でわかったことだ。

「鼓動が速いな」

 胸元に頬を寄せて言う。

「あなたといるといつもこうです」
「そうか」
「あなたのことがたまらなく好きで、胸が苦しい」
「そうか」
「何度も惚れ直してしまうの」
「そうか」
「…私ばかりあなたに恋をしてるみたい」
「もう黙れ」

 後頭部を掴まれ、引き寄せられる。
「…ん」
 唇が重なって、ひらいた隙間から舌が差し込まれる。
 彼のキスは、彼の言葉以上に雄弁だ。恋も愛も、彼のもつ感情が波のように押し寄せてくる。やがて快楽になるその波に、私はただ身をゆだねた。



終 2019.05.25

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