鴉のような闇の中。
光はどこにも見えない。
















「…どうして」


ドキリとしたのは、塾帰りの自転車置き場から声が聞こえたからではなくて、それが聞き覚えのある声だったから。

鍵を持つ手が無意識にチャラチャラという音を消した。街灯しかついていない自転車置き場の方へ視線を向ける。


「どうしても、こうしても、無いんだよ。私達もう終わってる」

「俺は終わってるなんて思ってない」

「それでも、私の意見は変わらない」


細い、綺麗な子だと思った。服もセンスが良い。同い年くらいに見える。


「今まで、ありがとう」


彼女は泣きそうな声でそう告げて、こちらに来た。あたしの方に向かっているわけじゃなくて、帰ろうとしていた。

タイミング悪く、彼女と目が合った。瞬間、街灯の灯りが目から流れる滴を反射させる。

───泣くくらいなら、別れなきゃ良いのに。

あたしはすぐに視線を逸らして、自転車置き場へ歩く。

必然的に、彼女に置いていかれた彼の傍を通り抜けた。


「…あ、櫻田」

「こんばんは」


虚ろな、情けないような笑顔をこっちに向けた彼はクラスメートの瀬戸。
私の後ろの席に座る男子。


「もしかして、今の見てた?痛いなぁ俺」

「暴力でもふるわれた?」

「違う…けどそうなのかも」


意味もなく空を仰いだ瀬戸につられて、夜空を見れば星が少しだけ見えた。

今の瀬戸にとっては恐ろしくミスマッチなそれを見て、あたしは少しだけ笑みを零す。


「別れたの?彼女と」

「おま…、そうやって他人の傷口に塩塗りつけて楽しいか?」


視線がこっちを向く。あたしはそれにまた、笑顔になった。

あたしのはただの塩じゃない。粗塩だ。


「嘘嘘、ごめん。早くヨリ戻せれば良いね」


鍵を自転車の鍵穴に差した。カチャ、と手首を回して鍵を開ける。


「…ああ。」


「もしも駄目だった時は、」


後ろの車輪のストッパーを蹴る。


「あたしが愛してあげるから」


嘲笑って言う。


「質悪いな。櫻田ってそんな性格?」

「あたしってこんな性格」


好きな人の傷口に粗塩を塗ったり、愛だとか恋だとか馬鹿にしたり。

君には、貴方には、理解出来ないよ。


出来なくて、良いよ。







20120613






路地裏様へ提出
『こんなことでしか愛せない私を許して』













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