※二期






何か新しいことを始めたい。ただそれだけの理由で軽音部を覗いてみた。特に趣味や夢中になれるようなもののない自分に、転校したことをきっかけに新しい刺激でも与えたかった。上級生ばかりの室内に少々緊張しながら入ってみれば、きらびやかな楽器に耳を貫く音の数々。ここにしようと、なんとなく、直感が働いた。
部長らしき先輩の元へ駆け寄り入部届を貰おうとすると、すでにそこには自分と同じ程の背丈の少年が一人。手には真っ白な入部届が握られていて、狩屋は目を丸くした。まだ初学期は終わっていないとはいえ、新入生歓迎のシーズンはとっくに過ぎた筈だ。狩屋のように転校生であるならともかく、この時期に入部なんて珍しい。
狩屋の存在に気付いたのか、入部希望ですかと先輩が声をかけてくる。ええまぁ、気の抜けたような返事を咎めることもなくこの紙に学年と名前と理由をよろしくね、等とゆるい説明。その生温さも悪くないなと思ったところで、隣から少々高い声が狩屋に降ってきた。

「あ、あの、」
「ん?」
「良かったら、一緒に書きませんか?」

この紙。ひらひらと彼が提示するそれは真っ白で何も埋まっておらず、おそらく彼も先程貰ったばかりなのだろう。別に良いよ、理由を考えるのが面倒だったので彼のを丸写ししようと思い快諾すればぱっと花開いたように彼はわらった。ずきん、胸が軋む。

(…………?)

気にせず狩屋は近くの椅子に座り、机を挟んで向かい合う位置に彼も腰を下ろした。ひとまず何も考えずに埋めれる学年と番号、名前の欄に粗雑な文字を走らせる。さて理由をどうしようか、ちらりと彼の紙を覗き見た瞬間、時が止まった。


「………輝、くん?」


え、と小さく漏らし彼は顔を上げた。
どくどくと、心臓がやたらうるさく音を立てる。輝かしい楽器を眺めた時も、大音量の音が流れた時も、こんなに激しくは鳴らなかった。
見覚えのある名前ではない。記憶の何処を探し回っても、思い当たる節なんてないというのに。
ふと、彼がこちらを凝視していることに気付き狩屋は我に返った。思えば初めて会った奴の名前を盗み見た挙げ句いきなり親しげに呼ぶなんておかしいだろう。慌てて狩屋は頭を下げる。

「あ、ごめ…輝くん、なんていきなり馴れ馴れしかったよね」
「あ、いえ、大丈夫です!そうじゃなくて、その…」

狩屋と同じように彼もあたふたと、何処か焦ったような口調でいて。何となしの気まずさに、数秒の沈黙。
破ったのは、やはり彼だった。

「…懐かしいなって、思ったんです」
「………え?」
「す、すみません。僕にもよくわからないんですけど…でも、なんだか懐かしくて、嬉しくて…だから、良いんです。輝くんって呼んでください」

そう言って、柔らかな笑顔で彼はわらった。ずきり、また胸が鳴る。

(………なんだ、これ)

見知らぬ感情と、覚えのある感覚は狩屋を動揺させる。どうしようもない懐かしさと温かさに、沸き起こる痛み。
だがそんな心中など勿論知らない彼は笑顔をそのままに狩屋に話し掛ける。

「…あの。名前、何て言うんですか?」
「…狩屋マサキ。君と同じ一年だよ。……よろしくね、輝くん」
「うん!よろしくね狩屋くん!」
狩屋くん。じわじわと疼く痛みに目を背け、彼と同じように狩屋は右手を差し出した。握った手は温かいのに、胸中に広がる何かに、何故だか無性に泣きたくなった。
この痛みの訳を知るのは、もう少し先のこと。



【Re:Start】

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ついったでお世話になってますあまめちゃんから素敵輝マサネタを頂きました。あまめちゃんありがとう!
自分の文才の無さに私は泣きそう