下校を告げるチャイムが鳴った。窓から差す光はすっかり橙色で教室には自分達以外誰もいない。常識から逸脱した容姿とは裏腹に真面目な剣城は普段ならこんな時間まで校舎に残ることもなければ、部活等で居残っていたとしてもその音を聞くと同時に学校を去っていただろう。だが今の彼はそれを耳にしても帰宅の準備すらしようとしなかった。出来なかった、と言う方が正しいだろうか。

「…………」
「…っ、う…ぐ、うぇ…」

涙を零し鼻をすする、そんな狩屋の頭を呆れつつも撫で上げてもう何度目だと剣城はこっそり息を吐いた。そもそも彼の欲求を飲んだのが間違いだったのだ。剣城くんちょっと付き合ってよ、なんて、あの人の良い笑みにすっかり騙されてしまった。何処がちょっとだ、こんなに時間を取られるなんて聞いてない。だがそれを口に出すこともなく剣城は狩屋を何時間も宥め続けていた。一体こんなに泣ける程の涙がこの小さい身体の何処に溜まっていたのだろう。

「う、っぃ…せんぱい、なんて、きらいだっ……」
「もう聞いた」

そしてこのやり取りも幾度となく済ませた筈だ。狩屋は剣城を呼び出すといきなり先輩が先輩が、と彼の想い人に対する文句を畳み掛けていったのだ。最初は訳がわからず、また所々惚気も混ざっていたので、まったくくだらないと聞き流していたのだが、途中狩屋が泣き出してからは事情が変わった。泣いている人間を放っていく程気分の悪いものはなく、彼の頭を背中を撫でながら時折零れる文句に適当に相槌を打っていたらこんな時間である。
思えば部活もサボってしまった、後でキャプテンになんて言い訳しよう。剣城の二度目の溜息は今度は隠されることなく表に表れた。

「なんで俺に話すんだよ、お前は」
「……だって、剣城くんくらいしか、こんなん話せそうな人、いないし」

確かに松風や西園、影山に話せることではないだろう。だがだからと言ってそこで何故こっちに来た、霧野先輩に直接話せば良いじゃないかと剣城は再度言い返してやろうとしたが、それに、と続く狩屋の言葉に遮られた。

「……みんなの前で泣けるわけ、ないじゃん」
「………!」

立ち上がり右腕で両目の涙を拭うと、ごめん剣城くんもう帰らなきゃね、思い出したように何でもないように呟いて鞄に手を掛けた。気付いた時には、扉の向かいでこちらに手を振っていて。

「狩屋っ」
「今日はごめん。練習も行けなかったみたいだし。
……ありがと、剣城くん」

何処かすっきりした、柔らかい顔で、まだ赤い目元に皺を寄せ狩屋はわらった。そのままこちらを振り返りもせず、廊下を駆けていく。
何かが音を立てて、剣城の中へ落ちていくのを感じた。窓硝子が反射した自分の顔は、もう陽は落ちたというのに酷く朱色に染まっている。あぁ、もう、気に入らない。
その晴れやかな顔でまた先輩に会いに行くのだろうか。そしてまた喧嘩して、剣城の前に泣きに来るのだろうか。ただの、泣ける、相手として?
これからも、ずっと?

「───冗談じゃねぇよ」

付き合ってられるか馬鹿馬鹿しい。
憎らしげにそう吐き捨てたものの、一旦染まってしまった頬は、しばらく治りそうもなかった。



【溺れる前兆】

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京マサ書きたい→でも蘭マサも捨て切れない→何故かこうなった
京マサ大好きです