「みんなー!こっちですよー!」

暗い校内に、天馬くんの呼び声が響く。はやくはやく、と促す信助くんに、近所迷惑だからと神童先輩が駆け寄り声量を咎めた。それに揃って口に手をやる二人に、輝くんは小さくわらう。少し離れたとこにいた剣城くんは、恥ずかしいやら情けないやら溜め息をついていた。しんと静まり返った校舎ではそんな些細な音も大きく聞こえるような気がした。
誰もいない筈の、夜の学校。ここで今日、俺達雷門サッカー部は合宿をしていた。普段なら何処かの施設を借りるらしいんだけど、今回は円堂監督の希望でこの場所に決定したそうだ。曰く、部を再建して始めての合宿もここだったとか何とか。
旧部室の地下に眠っていた練習機材を引っ張り出し、疲れ果てるまで練習し、夕食や入浴を済まして、やっと寝れると布団を敷いた頃。屋上で星が見たい、と言ったのは信助くんだった。
正直俺は疲れてたし、身近に星マニアが数人かいたから文句を言いたかったんだけど、あろうことか天馬くんだけでなく先輩達みんなが賛同しちゃって。後押しされるように神童先輩まで屋上の鍵を取りに行ってしまったのだからもう歯止めが効く訳もなく。言い出した信助くんと相方こと天馬くんを先頭に、真夜中にも関わらず廊下をぞろぞろと徘徊する集団の出来上がり、という訳だ。

「元気だな、二人は」

俺の隣で、霧野先輩はそう言ってわらった。神童先輩が前で後輩(俺を除く)の世話をしているせいか、最後列で俺の隣を陣取って先輩は歩いていた。まったく、こんな時ばっかり。そう思いながら、先輩が二番目にあやかる場所として慣れてしまった俺も俺だけど。
実際、先輩の神童先輩に対する"大切"と、俺に向けられる感情は全く違ったものだってことも、ちゃんとわかってる。

「ほんと、こないだここで合宿って聞いた時は『幽霊が出たらどうしよ〜』とか騒いでたくせに」
「ははっ、想像力豊かで良いじゃないか。狩屋は?幽霊とか大丈夫か?」
「俺がそんな可愛げのあるガキだと思いますか」
「ショートケーキの苺を倉間と取り合ってたのお前だろ」

う、と言葉に詰まる俺を愉しげに霧野先輩は見下げた。天馬くんの知り合いで監督の幼馴染みでもある女の人が差し入れたケーキを、倉間先輩と取り合ったのはついさっきの話。でもあれは倉間先輩が俺の苺取ったんだし、倉間先輩が悪い、なんて言い訳をしたけど先輩ははいはいと早々に流した。微妙に笑ってるのが腹立つ。

「ガキで良いんだよ。そういう歳だろ、俺達」
「……おっさん」
「失礼な」

俺の罵倒も先輩は軽く流してしまった。ふっと、先輩のわらう横顔が見える。余裕があって、大人みたいで、少し優しい。
あ、と俺はまばたきをする。

「ガキなんだよ。どんだけ背伸びして物言ったって、俺達はまだ子供なんだ」

先輩がこんな風にわらう時は、きまって何か特別なことを言う時だ。何かを悟ったような口振りでものを言う時だ。お日様みたいなあの人達と、同じわらい方だ。だから、わかる。

「だから好きなように振る舞えば良い。好き勝手に甘えたり、はしゃいだりして良い。だって俺達はまだ子供なんだから」

なぁ、と呟く先輩は、視線をあえて合わせない。俺に言っていることなのに、俺の同意を求めていないみたいに言う。けして意見を押し付けないし、ぶつけない。


先輩は俺のほしいものをなんでも与えてくれた。あれがほしいこれがほしいとねだったものをくれたわけじゃない、先輩はむしろ意図的な欲求には驚く程無関心で鈍感だ。その代わりと言うべきか、俺の無意識の欲求、意識の奥の奥にある感情はどういうわけかわかるらしく、何度も俺は喫驚し、困惑し、泣いてはわらった。先輩は俺の思いをひとつ残らず理解しようとしたし、結果的にそれはきちんとちゃんと全部上手くいっていた。俺は先輩の前では、いつでも本当の俺でいられた。本当の俺を、本心を、感情を、晒すことが出来た。俺のほんとうを、先輩はいつだって大切にしてくれた。

だから俺は、結局、それに甘えてしまう。


「……せん、ぱい」
「ん?」
「あの。……ちょっと、抜け出してみませんか」

俺の提案に先輩は目を丸くする。
提案、と言えば聞こえは良いけども、要は控えめな我儘だ。嫌なら別に、なんて逃げ道も一応用意したけども、先輩は首を横に振った。

「良いよ。付き合ってやるさ」

ただ、上から目線で言ってきたのには、少し腹が立ったけども。


【少年謳歌】

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大遅刻かましましたが蘭マサの日おめでとうございます〜!