ハッピーバレンタイン、とチョコを渡されるのはもう今日何度も味わった経験だけど、鍋ごとチョコを貰うのはさすがに前衛的すぎる。悪い意味で。

「…雪村さん」

なんですかこれ、と聞けば見たらわかるだろ、チョコだ、とさも当然ように答えられる。いや薄々と感じてはいたけど、そして匂いからも察していたけど、こんな液体チョコじゃねえし、そもそもチョコの液体はココアっていう別の名前があるし、それにしたってこれはココアとすら言えない。色薄すぎ。
というかこの謎の物体にも突っ込みたいとこはいろいろあるけど、それ以前にまだ中間テストが終わって期末まで時間があるという通常授業満載な時期に北海道から中学生が東京まで遠征してるってのもおかしな話で。そんな奴が俺の下校中に目前に現れるとかどういうことだよおい。なんでどうして何やってんの。疑問詞はいくつも頭を過ぎっていく。なのに目の前の人物は俺のパニックなど全く気付かない様子で、まだ生温かい鍋を俺の制服にぐりぐりと押し付けるのだ。

「受け取れ」
「…いや、おかしいでしょこれ」

こんな良くわからない物を受け取る訳にはいかない。丁重にお断りを、と思うのに雪村さんは全く引く様子がなくて、じゃああんたこれ食えよっつーか飲めよって何度も言いたくなった。見た目に反してとか有り得ない、むしろ見た目から明らかすぎて笑えるレベルの味だろう。いや実際迫られてる俺は笑えないけど。

「大体なんでそこまでして渡したがるんですか」
「バレンタインデーはチョコをあげる日だろ。知らなかったのか、狩屋」
「いや知ってますけど!そうじゃなくて!人にあげる物なんだったらもっと見栄えとか大事にしましょうよって話で。こう、ラッピングしようとか思わなかったんですか」
「こういうのは気持ちが大事なんだろ?吹雪先輩が言ってた。…とにかく貰ってくれ、捨てても良いから」

受け取れ俺の気持ち!と頭を下げて雪村さんは再度鍋を押し付けた。いやいやいや、あんたの気持ちって言われても!見栄え悪いしこれが気持ちだとしたら気持ち薄すぎだろ!若干水なとこあるぞ!
けれどそれを口にすることはなく。というのも俺はさっきから、心中で散々言っていた罵倒をただの一度も彼に吐いた試しがなかった。北海道からわざわざ来て作ってくれただろうから、ってだけじゃない。北海道と比べたらそこまで寒くないだろうこの東京の空の下で耳を赤くしてるこの人を見たら、馬鹿だろ、なんて軽い言葉も吐けなくて。ぐだぐだと絡まった感情と目の前の状況に頭が痛い。
本当に馬鹿で、どうしようもなくて。
でも、そんな人だから好きになった。
悔しい。

「雪村さん」
「貰え」
「いや無理ですってこれは。でも」

鍋を受け取ってやれば、予想外にずしりと重かった。それと一緒に雪村さんの手を取って、俺は本来自分が歩いていた方向へと引いていく。バランスを崩す彼を気にも留めず、歩きながら背後に声を掛けた。

「手ぶらで北海道帰んのも何でしょ。…うち来て作り直しなよ」

雪村さんが体勢を整えているのを手のひらで感じる。きっとまた馬鹿みたいな面してるんだろう。ざまーみろ。馬鹿面拝んでばーかばーかって言ってやりたい。そうしたいのは山々だけど、じんわり熱くなっていく頬が、しばらくはそれを許してくれないのだ。悔しい。



【ノンスイート・トラップ】

─────────
みやこ氏へ
雪村のチョコは湯煎のお湯に板チョコぶち込んだような代物。まずい