夢って不思議だよな。夢を見ている間は何が起こっても信じられる。夢なのに夢じゃないように思えて、馬鹿みたいに必死になって夢の中の出来事をやり過ごそうとしてしまう。だからこそ目が覚めた後に笑い話に出来るんだけど、しかし俺は今、この現状が夢であるとはっきり断言出来る中にいた。間違いない十中八九、百パーセントこれは夢だ。笑い話にも出来やしない。何故ってそりゃ、目の前に俺がいるから。

「………」
「………どーも?」

目の前の俺はとても小さい姿だった。耳元までしか長さのないショートヘアに、今より幾分か大きな瞳。手足なんて折れそうに細い。懐かしい、あの頃の俺だった。挨拶してもこちらを見ようともせず、腕にあるサッカーボールをぎゅっと抱き締めている。まるで大切な宝物のように、かと思えば硝子細工であるかのように、大事に大事に抱え込んで。他なんて見ないし聞きもしない。ただ、それだけを大切にしていた。
ああ、そういえばそうだったよな。
俺の世界はあのちっぽけなボールの中にしかなくて、周囲にある何を見てもくだらねぇって切り捨てて、誰の声にも耳を貸さなかった。こっちへおいでと招く手を振り払った。小さな世界に閉じ籠って動かないくせに、ただいつか、何かが変わるんじゃないかって、勝手に期待して、でもそんな訳ないってこれまた勝手に諦めてた。
怖かった、嫌だったんだ。何かを信じることも縋りつくことも、それでもそうしなきゃ生きていけないっていう自分自身も。どうしようもない現実が嫌で、自分の中に閉じ籠って、殻を作って。
知らなかったんだ。外が、人が、本当はどんなものなのかってことを。

「なぁ、お前」

声を掛け近付いてくる俺にびくり、向こうの俺が震えた。見上げる瞳は警戒と、ほんの少しの期待でぐじゃぐじゃだ。ごめん、お前の欲しいもんは俺にはあげられないけど、とっておきの予言を残してあげる。

「いつか、凄ぇ奴がお前を迎えに来るよ。一人はめちゃめちゃサッカーが上手い赤い奴。そいつの周りにいる奴等も、口うるさいけど良い人達だから。信じて良いよ。
もう一人は……女顔で、勝ち気で負けず嫌いで、馬鹿みたいにお節介で、見当違いなことばっか言って……でも凄ぇ優しくて、陽だまりみたいに暖かい人。会ってすぐは仲良く出来ないと思うけど、いつしか凄く大切な人になるから」
「……ほんとうに、」

幼い俺はそこでやっと声を上げた。舌足らずで震えた声はか細いものだったけれど、俺にはそれがはっきりと聞こえた。

「しあわせに、なってくれる?」

疑り深い眼差しで俺を見るそいつから、目を逸らすことはない。
だって本当にそう。自信を持って言えるから。

「勿論。楽しみにしてろよ」

そう言って俺がわらえば、ぱちり、何度か『俺』は瞬いて。
次には満面の笑みで、とびきり生意気な台詞を吐きやがった。

「……じゃ、しょうがねーから楽しみにしといてあげる」





「…りや、かーりーや」

ふわり、目を開けた。真上に広がる空は透き通るような群青で美しい。澄み渡る空に、眩しい太陽に、素直に綺麗だと思えた。
休憩、もう終わるぞ。大好きな声に顔を動かせば、見慣れた姿はすぐ視界に映る。
幸せそうに、狩屋はわらった。

「おはようございます、センパイ」



【ハローハロー、心から】
(待っていたよ、ずっと)

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狩屋の世界を動かしたのは紛れもなくこの人達だって信じてる