はじまりはいつだっけ?



最初の頃と比べると嘘みたいに、俺は霧野先輩が好きだった。女顔で気が強くて口うるさくて脳内の半分以上占めてるんじゃないかってくらい神童先輩のことばっかりなとこはとてもとても嫌いだけど、俺はもう霧野先輩のことが、頭の天辺から足の指先まで全部ぜんぶ好きだった。
先輩に対する印象が変わったのはホーリーロードで初めてしたあの試合だろうけど、いつから好きになったかなんて明確なきっかけはきっとたぶん、ない。それから後はDF同士自然と一緒にいて、傍にいて、気付いたら先輩ばかり俺は見ていた。全く持って不可抗力としか言い様がないけど、それでも俺は、先輩を好きになってしまった。もう何も、言い訳なんて出来ないくらいに。



けれど、でも。
果たしてそれがいつからだったとしても、俺が先輩を好きな期間は数にして表してしまうとたかだか数ヵ月、精々100日経ったかどうかってとこだ。
俺は、それはもうこれでもかってくらい先輩を好きで、大好きで大好きでたまらなくて、その気持ちは誰にも負けない自信があるけど、それはどう頑張ったって霧野先輩が神童先輩を想ってきた時間やその重みには勝てない。幼馴染みだからってのもあるけど、それだけが原因でもない。



霧野先輩が神童先輩を想っていることくらい、誰にだってわかる。それはもうあの人の言動を見りゃわかる。
ただ、あの人の想いは好きとかそんな、俺みたいな俗っぽい感情じゃない。そんな甘ったるいもんじゃない。霧野先輩が神童先輩に傾ける情熱は、そんな生易しいもんじゃない。
例えることすら難しいけど、俺の知っている言葉で並べるとするなら、そうだな、普通なとこなら友情や親愛。だけどそれだけじゃない。
愛情だけなら、生温い。
崇拝、嫉妬、執着、憎悪。神童先輩は霧野先輩にとっての絶対の対象であり愛すべき神であると同時に、霧野先輩に複雑な、醜い感情を与える憎き存在でもある。甘く苦く、優しくて残酷。神童先輩だけが悪いんじゃない、その状態でずっといられる霧野先輩もまた、おかしいのだ。
霧野先輩は全く知らない、気付いていないようだけど、あれはまるで中毒症状のようだと、俺は思う。



綺麗な綺麗な神童先輩は、絶対に霧野先輩の想いには気付かない。気付かれることをきっと、あの人も望んでない。
それなのにその上で先輩は、神童先輩の傍に居続けている。
決して報われないくせに、一番近くにいようとする。
矛盾。ジレンマ。俺なら決していたくない場所だけど、前述したように先輩は、その状態に心酔している節があった。絶対に振り向かない、届かない神童先輩に。報われない自身に。



馬鹿みたいだと、俺は思っていた。そんな状況、耐えられないし耐えていたくないと。それは嘘じゃない、本当に本気でそう思ってる。
それなのに、そうだというのに。



「きーりのせんぱい」

呼び止めるとひょこひょこと左右に動いていた桃色が少し疎ましそうに俺を見た。これは決して先輩が俺を嫌っているからではなく、俺が先輩のとある作業を邪魔したから。でもそれは誤解だ、なんてったって俺はちゃんと、先輩に手を貸す用意をしているんだから。

「神童先輩ならあっちでメニュー組んでましたよ」

右手人指し指が教えてやれば、ぱっと明るむ表情。
ありがとな狩屋、なんてこんな時ばっか良い笑顔で言ってくれちゃって、本当に酷い人だ。普段はそんな顔、俺の前じゃ全然してくれないくせに。
それでも、俺は────先輩のその笑みに、声に、表情に全てを許してしまっていた。たとえそれが神童先輩を思って表れたものでも、俺に対する好意がほんの一割程しかなかったとしても、それでも俺は、そのたった一割程度のためだけに動いてしまっていたのだ。



俺はドM根性上等な先輩とは違うから、ちゃんと先輩に振り向いてほしいし結ばれたいという欲求はゼロではない。
けれど臆病かつ甘い俺は、自分の想いを伝えるどころか神童先輩への先輩の愛を助長までしてしまっている。



さて問題。
どちらが先に狂うでしょう?



【蝕まれる】

─────────
拓←蘭←マサ一度書いてみたかったんです
しかし文章おかしくてつらい