「……………え?」

何、あんた、今なんて?

「俺はお前と結婚出来ないし、子供だって作れない。でも俺は今まで出逢った誰よりお前が好きで、この先の人生でもお前をずっと大切にしたい。だから、俺と───………って、おい、狩屋?」

俺の反応に気付いた先輩が、慌てた様子で俺を覗き込んでくる。
俺は────俺は、泣きたいわけでもないのにぼろぼろと勝手に涙が溢れていて。こんなみっともないとこ、この人には、この人にだけは、見せるつもりなんて全くなかったのに、先輩は俺の涙腺も理性も抑えていた何もかもみんなぶっ壊してしまったようで、涙と一緒に言わないでおこうと思っていたことまでぼろぼろと口から零れて落ちる。所々に、嗚咽を交えて。


「だ、って、先輩、別れ話するって、思ってたから、」
「はぁぁ!?おま、また、なんでそんな…」
「だって、先輩が!……先輩、遠くの大学行っちゃうんでしょう?」

先輩の目がぱちぱちと何度か見開かれて俺を見る。馬鹿だな、俺、それぐらい知ってましたよ。
先輩が地方の大学を目指していることを天馬くんから聞いた時には、心臓が止まってしまうかと思った。いつも通じている俺に話してくれなくて、たまたま再会した天馬くんには明かしたなんてどういうことだろう。だけど帰宅して大学を調べて、やっとわかった。先輩の行きたい学校はとても遠くて頭も良くて、俺にはとても、目指すことすら叶わないようなところだったのだ。


それを知った俺は、胸が苦しくて苦しくて泣きそうになった。先輩が遠くへ行ってしまうのもそうだったけど、先輩がそれを明かしてくれなかったことがつらくてたまらなかった。天馬くんがいなければ俺は平然と何も知らずに過ごしていて、そしてある日いきなり先輩に別れを告げられていたのだろう。先輩はきっと、そうしようとしていたのだろう。知りたくなかった、知ってしまった。
それからはもう、先輩と全然連絡が取れなくなった。忙しいだろうからとか何とか理由をつけて、俺からは何もしなくなった。出来なかった。会ったり連絡をしたら、これ幸いと別れを告げられるんじゃないかって思ったから。今日だって、久しぶりの先輩だって嬉しくなった反面、別れが来るのにずっと怯えていた。
また、大事な人に捨てられるのかと思って、怖くて。
ずっとずっと、震えていた。

「だから、だから俺、先輩が俺と別れるんじゃないかって…離ればなれになったら、先輩、俺のこと忘れちゃうんじゃないかって、思ってたから。今日だってこんなとこ来て、……俺が女じゃないから、先輩と結婚出来ないから、幸せに出来ないから、だから、別れるんだって、思って…」
「お前、なぁ…」
「ごめ、っ……」
「あーもうまた泣く」

呆れた顔で、声で、それでも俺を抱き締めてくれる先輩はとても優しくて温かかった。はじめて逢った中学時代から背も体格もちょっとずつ変わったけど、そんなところはいつまで経っても変わらないまま、何度だって俺を魅了してみせた。
ゆるゆると背を撫でてくれていた先輩は、俺の嗚咽が一通り収まると小さく息を吐き出した。そのまま何度か深呼吸、何をやっているんだと若干冷静さを取り戻した俺が不思議に思ってると、少しだけ身体を離して俺を見つめる。
ゆらゆら、蒼い瞳が俺を映して揺れた。

「…幸せにする、なんて俺だって自信持って断言とか出来ないけどさ。お前といると、俺は幸せだ。すっげー憎たらしくて、可愛げねーなって思う時もあるけど、それでも俺はこの世界の何よりも誰よりもお前が好きで、幸せで、大切にしたいって思ってる。」

だから、もし。狩屋さえよければ。



「俺の傍にずっと、いてください」



何故か泣きそうな顔の先輩の、馬鹿みたいに丁寧な二度目の申し入れを、今度こそ俺は涙を零すことなく受け入れることが出来た。よろこんで、と俺がわらうと、今度は先輩の方がじわじわと泣き出してしまって。本当に良いのか、なんてそんなの俺の台詞だけど、もうそれを問う必要など何処にもなかった。
結婚式等挙げれない、婚姻届も指輪も何もない。それでも俺は、俺達二人は、今式を挙げている夫婦なんかよりずっと、幸せな自信があった。



【愛が完成した日】

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結婚する蘭マサちゃんが書きたかっただけなのに長すぎて途中吐きそうになりました、私要領悪すぎ