見上げれば伏せられた長い睫毛の内にあるターコイズブルーと目が合う。薄紅色の唇は、彼自身の髪より鮮やかで綺麗だと思った。べろり、舐めて触れられただけできゅ、と固く目を瞑る。来るか、来るのか。目を閉じて数秒、だが今日の霧野はそこで口付けを深めず、唇を離し狩屋に声を掛けた。

「狩屋、」
「、?」
「狩屋、目ぇ開けて」

呼ばれた狩屋はうっすらと瞳を開き、眼前に映し出された霧野の顔に慌てて目を逸らした。端整な顔が目の前にあればそれだけで緊張する。まして恋い慕う相手のものであれば尚更だ。だが霧野はそんな狩屋の心情を知ってか知らずか、いや恐らく知らないのだろう、不快そうに眉を歪ませた。逸らした狩屋の顔を強引に手で引き戻すと、まだ困惑している狩屋に問い掛ける。

「お前、俺とのキスそんな嫌なの」
「は?」

思わず間抜けな声が出てしまった。狩屋はますます困惑して首を傾げるが霧野はそれに気付いているのかいないのか、不満げな顔で狩屋を見つめる。それすら人形のように整っていると、感心し見惚れ腹を立てたのは秘密だ。

「だってお前全然目開けねぇじゃん。俺の顔見るの、そんなに嫌なわけ?今だって、全然顔見ないし」

どうやらすっかり機嫌を損ねてしまったらしく、霧野は深い深い溜め息を狩屋に向けて吐いた。狩屋としては条件反射のようなものでつい目を閉じてしまうし、そうするのが普通だと知識として捉えていたのだが、霧野はそれが気に食わなかったらしい。元来常識を気にしない人というか、常識的な関係でもなかったが、まさかそんな誤った解釈をされていたなんて。狩屋は頭を抱えて唸った。

「あ、んた、なぁ……」
「そんな風にしててお前本当に、俺だってわかってキスしてんの?」

ぷちん。狩屋の中で理性的な何かが切れる音がする。いい加減にしろ女々しいのは顔だけで十分だっつの男女、ぶん殴りそうになって固めた右拳だったが、ふと冷静になって狩屋はそれを緩めた。罵声を浴びせ掛けることも殴ることも簡単だが、それで理解してくれるような相手ではないことも知っている。
賢しいくせに、頭でっかちで鈍くて、馬鹿な人。あーもう、吐息と共に憎々しげに言葉を吐くと、狩屋は覚悟を決め霧野の胸座を掴んだ。
唇を合わせること、たっぷり数秒。ぽかんと口を開けた霧野が馬鹿みたいに腹立たしくて鬱陶しくて、愛おしくて。ばかじゃねぇの、狩屋は熱くなった顔を右手で覆い呟く。


「俺が!……俺が、あんた以外にこんなのする奴だって、そっちこそ本気で思ってんの?」


それこそ失礼極まりない、憤慨だとばかりに霧野を睨む。だが霧野は怯んだり文句を言ったり、また謝罪するでもなく、ただぱちぱちと蒼の双眸を瞬かせ狩屋を見つめるだけだった。かと思えば、大袈裟なまでに吹き出して笑い始めたので、いよいよ狩屋は真っ赤になって怒りを露にした。

「なに、笑って…!」
「いや、悪い。そうだなその通りだなーお前ほんと俺のこと好きなんだなーって思ってさ」
「な……っ」

なんてことを。なにを今更。
どちらも適切だが、どちらも告げるには恥ずかしすぎる内容だ。ばかじゃねぇの、再度呟いて俯く狩屋とは正反対に霧野は嬉しそうにわらっていて。挙げ句、キスしてやるから許して、などとふざけたことを言ってくる。
全く勝手なことこの上ない。何が腹立たしいって、脳内で散々に罵倒するのとは裏腹に、身体は勝手に瞳を閉じようと機能しているのだ。自分のことながら、全く以て、


「…………ばか」


言い掛けた言葉は、深い深い口付けに飲まれ消えていく。



【お砂糖ちょうだい】

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ばかばか連呼する狩屋可愛い
ちゅう難しい