ねえ狩屋、お願いがあるんだ。


太陽くんの笑顔は魔法だ。お日様みたいにあたたかくてなんだかほっとする。今日みたいに雨の日でも、太陽くんの橙の髪とその笑顔はその名の通り、まさに太陽で。なになに、どうしたの。また雷門の話が聞きたいの?それともお使い?太陽くんにつられて俺も笑顔で尋ねて、そしたら太陽くんは、その綺麗な笑顔を全く崩すことなく、重い重い二酸化炭素と共にその言葉を吐き出した。



僕を殺してよ、狩屋。



「…は、?」

思わず間抜けな声が口から漏れ出る。何言ってんの馬鹿じゃないの、なんて、笑い飛ばしてやりたかった。でも太陽くんの目は真剣そのもので、俺は嫌でもその発言の深刻さを味わってしまう。
外から聞こえる雨音はざあざあと耳を侵して木霊する。嫌な感覚がじわじわと襲い、握った掌には汗が滲んでいた。なに、いってんの。辛うじて発した声は微かに震えている。なのに雨宮くんは涼しい顔で、俺に向けて言ってのけた。

「そのままの意味だよ」
「…どういう、こと?なんで、そんなこと、」
「僕、今度手術するんだ。すっごく難しい手術らしくてね、失敗したらもう、本当にサッカー出来ないかもしれないんだって。…失敗する可能性の方が高いのに手術するなんておかしいよね。
僕にとってサッカーは酸素なんだよ。サッカーをしている時、僕は初めて、生きているって、息をしているって感じられるんだ。サッカーをしないと、生きていけないんだよ。サッカーが出来なくなるなんて、死んでしまうのと同じことだ。なのにみんな、手術を受けろって…僕に死ねって、言ってるんだよ」

太陽くんの瞳が縋るような色に変わる。俺の胸元を掴んで、泣きそうな顔で太陽くんは、それでも俺に向けてわらった。けれどそれは、あたたかいものなんかじゃなく、心臓が凍りついてしまうかのような、綺麗な、綺麗な微笑だった。
ねぇ、狩屋、


「どうせ死ぬなら、狩屋に殺されたいな。だからねぇ、狩屋、僕を殺して?」




ぞくり。
背筋から滝のように汗が流れた。殺して、という言葉が脳内でぐるぐると繰り返して響いて、ざあざあ、降り続く雨の音と重なり合う。目の前には太陽くんのお綺麗な笑顔。なにこれ、不調和すぎるだろ。嘲笑いそうになって、横に広がった唇はしかし笑みを作らず歪んでいく。なんだこれ、なんだよこれきもちわるい。
こんな感覚には覚えがある。頭の中の何もかもがぐちゃぐちゃで、吐きそうになるこの感じ。ちかちか、瞼の奥で蘇る記憶。蓋をして閉じ込めた、思い出したくもない過去が、咳を切ったように溢れ出して来る。やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!







ざあざあざあ。
忘れもしない。あの日、瞳子さんが俺の元にしゃがんで、じっと覗き込んで来た目は眼鏡越しでもわかるくらい悲哀に沈んでいた。
窓の外は両親と別れた日と同じ、雨。ざあざあ、ノイズにまみれながらも聞こえた言葉。
世界がぐしゃぐしゃに歪んだ瞬間。




『狩屋くん、落ち着いて聞いてね、』
『貴方のお父さんとお母さんは』









ガタン!



俺は椅子を蹴り上げて立ち上がり、衝動のまま太陽くんをベッドに押し倒していた。ぱちぱち、太陽くんのビー玉みたいな瞳が何度も瞬いては俺を見て硬直している。俺に殺されたいって言ったくせに、なにびびってんの?理性が心の奥底でそう笑っていたけど、俺がそれを太陽くんに言うことはなかった。そんなことよりもっとずっと、言いたいことが喉の奥から溢れ出て来る。

「…死んだら良いって、ほんとうに思ってんの」
「かり、や?」
「太陽くんがサッカーを大好きなことくらい、知ってるよ。でも、サッカー出来なくなるから死ぬ?んで、どうせ死ぬなら俺に、太陽くんを殺せって、本気で言ってんの?




────…………ふざけんじゃねえよ!!」







堪え切れなかった俺の口から、想定外なまでに大きな声が飛び出した。病室の外まで響いたかもしれない。けれどそんなことお構いなしで、俺は太陽くんの胸倉を思い切り引っ掴んで頬を叩いた。太陽くんの、何もわかっていないような、唖然とした顔に腹が立って、さらに胸板も何度か殴る。

「死ぬなんて、殺せなんて、簡単に言うんじゃねえよ!サッカーが酸素だって?ふざけんなサッカーがなくったって太陽くんは今こうして生きてるだろ!言われた側の気も知らないで…残された奴がどんな気持ちになるかも知らないで、勝手なこと言うな!」
「狩屋、」
「きらいだ、きらい……なんで、太陽くんまで、俺を置いてくの………っ」

嫌いだ。大嫌いだ。両親も、太陽くんも、俺を置いて勝手に逝って、自分だけ満足しようなんて、自分勝手で大嫌いだ。最低だ、大嫌い。どうしてみんな、こんな仕打ちばかり俺にするんだ。俺にばかり、つらい思いをさせるんだ。



俺はただ、ずっと、一緒にいたいだけなのに。



「ごめん、ごめんって狩屋」
「わかってない!太陽くんは、なんにも、わかってないっ…」
「わかるよ、わかったから、だから泣かないでよ、狩屋」

泣いている?俺が?不思議に思い顔を上げればぱたり、零れた雫がシーツに滲んだ。しょっぱい匂いと淡い視界に俺は嫌でもそれを自覚するしかなくて。畜生、そうだよ、俺はきっと、太陽くんのことが。


「……死なないでよ、太陽くん」
「………うん、」
「…死ぬなんて、簡単に言わないで、………他の奴がなんて言ってるかなんてどうでもいい、俺は、太陽くんが死んじゃうなんて、絶対に、」
「うん。………ごめん、狩屋」


そう言ってくれた太陽くんの顔は、あのあたたかで優しい、俺の大好きなものに戻っていて。よかった、そう思うのに、俺は何故だかまた涙が溢れて、太陽くんに縋り付いて泣いた。ただただ、太陽くんがそこにいるってだけで、俺には嬉しくてたまらなかったのだ。


(どこにもいかないでおいていかないで、ひとりにしないで)



【leave me not】

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wordで書いてたのでやたら長くなりましたすみません
ついったのフォロワさんの発言から生まれました、いつも良いネタ感謝です