ミンミンとなく声が聞こえなくなって日の落ちる時間がはやくなったとはいえ、アスファルトは容赦なく日を照り返しじわじわと身体の熱をあげていく。たまたま合宿所の下見に行く教師が急な法事でいけなくなり、代わりに行ってくれないかと頼まれたのをやすやすと了承した自分を殴り倒したくなる。そして深く考えずバスくらいすぐ来るだろと合宿所を出た己が憎い。
ちらりと腕時計と時刻表を確認すれば次のバスまであと20分というところで、何か別のところを見て回るにはあまりにも少ない時間だった。常では外で待てる時間でも残暑の季節にはなかなかきついものがある。救いは自販機がそばにあり冷たい飲み物がすぐに飲めることだけだ。アイスコーヒーを片手に帰りのバスぐらい確認しておけばよかったなとバス停で一人ため息をつきだれていた。あまりの暑さにいっそアイデンティティの面を引っぺがしたくなってきたことは黙っておく。


「こんにちは」



急に声をかけられ顔をあげれば知らないうちに少女が目の前に立っていた。
眼を細めて顔を見ようとするがきつい西日が逆行になり少女の顔は見えない。
「となり、よろしいですか。」と、穏やかな声に「どうぞ」といって腰を浮かせてほんの少し右側によれば「ありがとうございます」と嬉しそうな声が返ってくる。
いそいそと座り込む少女の顔を見ようとするが、なぜだかどうしても見えなくて、首をかしげかけたが、少女の服装を見て納得する。
彼女は恐らく冬服と思われる赤い襟のラインとリボンが印象的な、長袖の黒いセーラ服を着ていた。きちんとひざ下丈のスカートに黒いタイツを履いて、いかにも優等生といわんばかりの、典型的な女子高生であった。
あまりにも季節はずれな服装なうえに、それ以上に目を引いたのは大きな花束だ。
白、黄色、ピンク。白とピンクの花の種類はわからないが、黄色い花は俗に言う菜の花で、やはりそれは酷く時期はずれなものだった。
あり得ない時期のあり得ない格好、そして唐突に出てきたことからなんだ幽霊かと頬杖をついた。
幽霊ならば顔が見えないのも仕方がない。もし顔面ぐちゃぐちゃでも動揺はしないが、無理に見ようとする気にはならない。
どう見ても悪霊のようには見えないが、面倒なものにかかわったものだと再びため息をつけば、「おにいさん」と再び声をかけてくる。



「おにいさんは、何処へ行くの」
「都内。お嬢さんは」
「いいことがあったから、知り合いに、花を、あげに行こうかと思ったんだけどね」



「なんか、いまさらかなぁと思って、悩んでたんだ」そういってほんの少し困ったような声色でいう少女を横目で見る。顔は相変わらず見えないが、肩にかかるくらいの髪に、話す雰囲気、花を抱えてる手、話し方、全てが凡庸な少女にしかみえなくて、そのまま「ふぅん」と返す。


「あげればいいんじゃねぇの。お祝いなんだし。」
「そうなんだけどねぇ」


「なんかじゃまになりそうで」と自信なさげに笑う声を聞きながらコーヒーの缶を隣のゴミ箱にすてる。


「しかも正直言うとわたし、その人と喧嘩ばっかりしてたから、こう、なんていうの?あー、こう、あれ?気恥かしさ?っていうのがあって」
「あー…なるほど…」
「『おめでとう、どうかしあわせになって』なんて、いえるわけがなくてね…」
「………ほんとうに、いまさらなんだけどなぁ」



そう言って花を抱え込む少女を眺めながら、もしかしたらこの子は自分が死んでるのをわかっているのかもしれない。それでもどうにか花だけでも渡したくて、此処にとどまっているのだろうか。そう考えるとほんの少しだけ哀れに見えてきて、成仏させてやれたらな。なんて考えがむくむくと起き上がりそうなのをこらえる。



「ねぇおにいさん」
「なんだよ」
「おにいさんは しあわせ?」
「は?」



唐突にこの少女は何を言い出すのか。
思わず素っ頓狂な声を出せば、ふたたび穏やかな声で、「おにいさんは、しあわせ?」ときいてきた。
これはあれか。幸せと答えたらねたましいとか言われて襲われるパターンか。それにしてはあまりにも穏やか過ぎる空気で、何と答えるべきか迷っていると、ほんの少し困ったような声で「しあわせじゃ、ないの?」と聞かれてしまいとっさに「いや、」と反射的に答えてしまう。そうすればしてやったりというような声で「しあわせなのね?」と笑われてしまい、もう考えるのが面倒になって、もうホラ―展開になろうがどうなろうがどうだっていいと「そうだな。しあわせだよ」と投げやりな答えを返せば、酷くうれしそうな声で「よかった」というのを聞いて、どうやら正解だったらしいとほっと笑みを浮かべた。



ぶろろろろ、と遠く響くような音がして、ハッと腕時計を見れば、もうバスが来る時間になっている。
「じゃあな」と立ちあがって少女から背を向けてバス停の標識の下にいけば、まっすぐ延びたアスファルトの道の上にゆっくりとバスが近寄ってくるのが見えた。



「おにいさん」




振り返れば先ほどの少女がベンチからたってはっきりとこちらを見つめていた。
酷くうれしそうな満面の笑みで、こちらをみつめていたのだ。
ずっと光や影の加減で見えなかった顔は、どこぞのホラー映画のように顔が血まみれだったり腐って崩れ落ちているなんていうことはなく、小綺麗だがやはり何処にでもいそうな少女のようにおおよそ凡俗的な顔。しかし穏やかに細められた眼を見て息を詰める。
夕焼けをうけてきらきらと輝くその色は己で見慣れた筈なのに、酷く印象的で、よく見れば瞳の中で何かが渦巻くように時折瞬く。その瞳を、俺は知っている。




「……ぁ」





「わたし」

「あなたのこと、きらいじゃなかったよ」






理解して耳にすればあまりにも聞きなれた声だった。
毎日のようにきいていたのに、なぜ気付かなかったのだろうか、なぜ思い出せなかったのだろうか。
眼を見開いて、名前を呼ぼうと手を伸ばす。




「じゃあな!!!!!!」

「ブッ!?」





それは奴が顔面に向けて投げてきた花束で見事に阻止された。
頭にかぶるどころかおもいきり口に入ったせいで青臭い味がひろがりペッペッと吐きだす。
「おいテメェ何しやがる!!」と怒鳴ろうとする声は、半分にもならないうちに書き消えた。




「せいぜい幸せになれよクソ猫野郎!!」





何もいないバス停にあはははと楽しそうな笑い声が響いてきえた。
あたりには先ほどの衝撃で散った、白とピンクと、黄色の花弁があるだけで、しんと静まり返っている。
腕の中におさまる花束に視線を落とせば、ちょっとよれたセロファンやら申し訳程度のリボンの下から花をとめるための輪ゴムやら、つたない花の切り口がみえかくれして、もしやこれは手製なのかとか、そういえばさっき言ってた話って、なんてことを考えて、なんというか、





「……もう少し素直にいきろよバカ悪魔……」





プァンと、バス停に着いたバスのドアが開いた。












(またきみとみれますように!!)





















菜の花=小さな幸せ
シラユキヒメ(白い花)=君にまた会いたい
ジニア(ピンクの花)=別れた友を想う



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