機嫌よく、鼻歌を歌いながら街の喧騒を歩き回る。
午前授業だったのか、カフェのオープンスペースでは見覚えのある少女達が楽しそうに笑いあっていた。
ひとりふたり、さんにん、よにん、いやまだ奥の方にいるのだろう。きゃあきゃあという不快ではない声を聞いて口元を緩める。
そのまま街の中を歩けば本屋の中で気難しそうに本を選んでいる少年を見かける。
あのむっつりした仏頂面は本当にどうにかしたほうがいいのではないだろうかと余計な心配をしながら苦笑いをして本屋の前を通り過ぎた。
商店街では仲のよさそうな男女が雑貨屋で笑いあっていた。
兄と妹なのだろう。久しぶりに一緒に遊べて楽しいというような雰囲気に、誰かと共にいられることはそれだけで幸福なのだろうなと思いながら微笑んで立ち去った。
その先のゲームセンターでは何やら男子学生たちが楽しそうに騒いでいた。そんな中でひっそりと二人の少年が手をつないでその高校生たちから離れて笑い合っているのを見る。ほんの少し初々しい空気に、なんだか甘酸っぱい気持ちになった気がして眼を細めて見送った。



包帯からさらさらと砂が漏れていく。




そんなことをしているうちに校舎前へと付いた。
街中をぶらぶらと歩き回っていたせいかもう少しで日が落ち始めるだろうという時間帯になってきている。
締まっている門を見上げながら、今日は学校の都合で生徒たちは午前授業であり、学校自体も早めに閉めると言っていたなぁとぼんやりと考えつつ、よっこらせと門を乗り越えた。
そしてちょいちょいと小細工をして玄関口のかぎを開けるとばれないようにささっと入り込む。ちなみにセコムについては事前に小細工しておいたのでまったくもって心配はなかった。
下駄箱の並びを見て靴をはきかえて上履きの代わりにスリッパを借りて履き替えようかと思ったが、なんだか面倒になってばれなきゃいいだろと下履きのまま校内へ上がる。
きっとばれたら面倒くさいことになるが、今日のこの時間帯にいる教師なぞいないと把握しているので全く問題はなかった。むしろ鼻歌を歌いながら堂々と廊下のどまんなかを歩いてやった。



リノリウムの床の上に白い砂が舞い落ちる。



時々見知った誰もいない教室をのぞいたりしながら歩き回る。
そして先ほどと同じように小細工で鍵を開け、カラカラと音を立て職員室をのぞいてみればやっぱり誰もいなかった。
様々な教師達のある種特徴的な机を見ながら笑って色々なイスに座ってみると全部違う景色にみえてなんだか楽しくなって触ったのがばれない程度に遊びまわる。
どれだけそんなくだらないことをしていただろうか。ほんの少し足がもつれて思い切り床にすっ転べばあたり一面に砂がぶわりと舞い散った。


「はは」


なんだかうまくたてないので目の前のイスを支えにして、そのイスに座りこみ、天井を見上げれば意味のわからない笑い声が漏れた。
崩れそうな体を目の前の机に倒せば、保健体育の教科書が目に入ってきて又半笑いになる。
よりにもよってコイツの席かよ。いや化学の教科書が見えたら何があるかわかったもんじゃないので、ある種根性で飛びのいただろうからまぁ問題はないと思うが、それでも妙な感覚にもはやもう笑うしかなかった。腐れ縁なんか本当に文字通り本当に腐り落ちてしまえ。


「なにやってんだろうなァ…」


手にまかれた包帯を見つめればその隙間からさらさらと砂が落ち、その砂も数秒もたたないうちに消えていく。
感覚を残しながらずるずると体が崩れていく経験はこれが初めてではないが、それは一定の周期で体の構成素が緩まる、まぁ、いわば脱皮のようなもので、しばらくすればまた問題なく形づけられた。
だがしかし、今起きているこの現象は己の習性などではなく、何かが此処から押し出そうとしている所為だと理解していた。
世界には抑止力、修正力というものがある。たとえば外から来たものが世界を歪めないように、たとえば中の者が理から外れないようにというものである。それらを超える力が出現してしまえば、世界というものはいとも簡単に崩壊してしまうのだと、私は知っている。
そして今、その抑止力が侵入者である私を追い出そうと働きかけているということも、私は知っていた。
所詮は異物、外部からの侵入者である己がいつかこうなることはわかっていた。それでも長い期間此処から排除されなかったのは、それ以上に優先すべきことが多くあったからであり、そして己が抑止力や修正力といった世界の概意というものを刺激しないようにしていたからである。
しかし今、私以外に外部から来た異物はいなくなり、いくら刺激しないようにしていたからと言っても、世界は赦すはずもなく、じわじわと、けれど確実に世界は私を締め上げ追い出そうとしていた。


眼を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして再び眼をあける。
酷く名残惜しいが私がここにいる意味など何もないのだ。
やるべきことはすべてやった。
夜を駈け砂をまき水をあげ在るべきものを在るべき姿へと返し屠った。
それでいい。それでいいのだ。
この先誰がどうなってしまうのかは、もはや私が関わるべき次元ではないということは理解している。
此処の人たちはこれから、何者からも邪魔されず、己の力で、己の考えで、己の意思で生きていくのだ。
それはきっと、彼らにとっては、苦しくとも、幸福であり、誇らしいことなのだろう。



「よっし!!」

ぐ、と、もはや崩れかけてまともに形も保てない足に力を入れて立ち上がる。
思い返せばあまりにもいろいろあった。忙しすぎてもうしばらくは何もやりたくない。
久しぶりにあの家があった場所にでも帰ってみようかと思う。
酷くつらく悲しい場所でもあるが、同時に最上の幸福だったあの場所は、
もうこの時期だと小さな青紫の花で包まれているのだろう。
焼け残った支柱はきっと緑に埋もれ、その悲しい存在を包み隠されている。
そしてあの夕陽を見ながら、私はほんの少しだけ眠って、また主を探しに行こう。
いや、今度は待ってみるのもいいかもしれないと思いなおして笑う。
職員室から窓の外を見れば赤々とした残照が部屋中を染めていく。



「じゃあ、また、いつか。」


一番馴染みが深いアイツの机に、古い古い、ちょっと汚れている硬貨を置く。
それを境に包帯を巻いた腕の下はゆるゆると崩れていく感覚がわかった。
否、腕だけでなく、足も、膝も、腹も、着ている衣類も、隠すように巻いていた包帯も、全てが跡形もなく砂に還り、そして消えていく。


もし仮に、此処にいる人達が、世界が、ありとあらゆる全てが、
私という存在を消し去り、覚えていなくても、彼らとのつながりはきっとどこかに残っているのだろう。
そういうものだ、と眼を閉じる。






そうして誰かが、思い出し、再び私の名を呼ぶその日まで、















あのストケシアの咲く丘で、私は再び眠りにつくのだ。











(あなたがたがこうふくなゆめをみれるよう、わたしはいつだっていのっている。)
























※ストケシア。花言葉は追想、追憶。
とある悪魔から、ここで過ごしたいとしい人間たちを思って。

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