C | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


 その日、太刀川慶は暇を持て余していた。
 正確には、大学の課題やら出席不足分を補うために必要なレポートの締め切りがすぐそこまで迫っているので、決して暇ではない。簡潔に言って、サボるために部屋を出たはいいが、特にすることもないので「暇」なのである。
 普段ならランク戦でもしているところなのだが、今は十二月上旬。トリオン器官の性質上、現役中高生が隊員の大半を占めるボーダーは現在「テスト期間」という名の強敵の前にして、本部の守りが薄くなっていた。
 かといって、太刀川と同じく大学生の風間は自分にレポートをするよう促すだろう。嵐山は広報活動で忙しいし、かといって他の大学生以上に目ぼしい攻撃手はいない。しいて言うなら木崎や迅が望ましいところだが、彼らは残念ながら玉狛支部の人間なので、滅多なことがなければ本部に来るわけもなく。
 よって、太刀川慶は必然的に、暇を持て余すこととなった。

 仕方ない。とりあえずコーヒーでも買おう。
 少しでも長く現実逃避に浸るため、見つかっても安全な「飲み物を買う」という選択肢を選んだ太刀川は、ロビーの方へと踵を返した。
 真面目な奴が誰もいなけりゃいいなぁ、なんてことを考えつつすぐのT字路を右に曲がると、見慣れない女性を見つけた。
 ワンピースの上に白いカーディガンとストールを合わせた、上品な雰囲気の美人だ。箱入りのお嬢様を彷彿とさせる空気と容姿に、思わず「おおー」と感嘆する。
 キョロキョロとあたりを見渡してはうろうろと歩を進めて、足を止めて、また回りを見渡す。それを何回か繰り返したあたりで、太刀川の脳裏に「迷子」の二文字が浮かんだ。
 誰に何の用かは知らないが、このまま放置しておくのもまずいだろう。
 サボリの口実に、もとい親切心で、太刀川は女性に声をかけた。

「スンマセン、なんかありました?」

 やる気を出せば真面目ぶれる男、太刀川慶である。いつもの適当さはどこへやら、落ち着きのある(ように見える)男を演じて、女性に話しかける。
 声をかけられた女性は「やだ、ごめんなさいね」と微笑みながら返した。

「主人が忘れ物をしていったものだから、届け物をしに来たのだけど……」

 広くて迷っちゃったのよ。そう続けた彼女は、頬に手を添えながら、もう片方の手で布に包まれた何かを持ち上げた。サイズと形からして、恐らくお弁当だろう。
 それよりも、聞き逃せないことを言ったような気がする。堪らず太刀川は、それについて突っ込んだ。

「……あんた、いやお姉さん? って結婚してんの?」
「あら、見えないかしら?」

 ワンピースの裾を摘んで首を傾げてみせるが、どう見ても既婚者には見えない。「この前婚約したばかりなの」と言われた方が自然だなと、太刀川は密かに思った。
 せっかく会えた同年代の(ように見える)美人が誰かのお手つきだったことに肩を落としつつ、誰のところに行きたいんですか? と暗に基地を案内しますと提案しようとしたその時だった。

「お、太刀川じゃねーか」
「あれ、諏訪さんじゃん」

 よっす、ちーっす、なんて適当な挨拶を交わす。遅れて女性も会釈を1つすると、諏訪がギョッとした顔で太刀川に詰め寄った。

「お前どこでこんな美人捕まえたんだよ」
「いやいやただの迷子だって。全然見えないけど人妻らしいし」
「ハァ!?」

 諏訪は己の耳を疑い、不躾ながらも思わず女性を二度見する。気持ちはわかると深く頷く太刀川だったが、不意に視線を感じて目線を落とす。
 見てみると、女性が太刀川の顔をじっと、キラキラした目で見つめていた。疑問に思った太刀川は、どうしたんすか? と問う。
 すると女性は待ってましたと言わんばかりに、食い気味に聞いてきた。

「あなた、もしかして『太刀川慶』くん?」
「そう、っすけど」
「やっぱり!」

 ぱあっと顔を輝かせ、女性はなおも食いつく。

「いつも話に聞いてたのよ、『手は掛かるけど、筋が良くてとっても優秀な子』だって!」
「マジっすか」

 いやーホントのこと過ぎて照れるなあ、なんて呑気に頭を掻く太刀川や、会えて嬉しいわーと微笑む女性とは対照的に、諏訪は口元を引き攣らせた。
 オイちょっと待て。今太刀川のことを「手が掛かるけど筋がいい」とか言わなかったか。話に聞いてたって、つまりそう言った奴がこの人の旦那だろ。だけど太刀川をそんな風に言える「ボーダー所属の男」なんて、1人しか……

 一筋の汗を流す諏訪にとって、幸か不幸か。

「どうかしたのか、慶」

 このタイミングで現れたのは、彼の脳裏によぎっていた人だった。

「あれ、忍田さん? まだ仕事あるんじゃないすか」
「もう昼休みだ、俺もそろそろ休憩を――――」
「あらぁ、真史さん」

 忍田の言葉を遮ったのは、にっこりと笑ったあの女性だった。

「お前、どうしてここに……?」
「あらあら、お寝坊したせいで『いってきますのキス』もせずに家を出ていった忘れん坊さんのお弁当を持ってきてあげたのだけど、いらないお節介でした?」
「ああ……そうか、わざわざすまないな」
「ふふ、言うほど気にしてませんから、真史さんも気にしないでくださいな」

 めったに見られない和やかな空気に、「真史さん」という呼び方。あまりに聞きなれないその呼び名に、太刀川はカチンと固まり、諏訪は予想が的中したことになんとも言えず煙草をふかした。
 しかし、普段の思考が浅いゆえに、復活も早いのが太刀川である。いやいや、年の差ありすぎだろという言葉を飲み込んで、彼は口を開いた。

「え、ええと、お姉さんの旦那さん、って」
「あらやだ、私ったらまだ自己紹介してなかったかしら」

 改めて太刀川と諏訪に向き直り、彼女は言った。

「初めまして、忍田真史さんの奥さんです」

 照れくさそうにはにかんで言う姿は、確かに人妻のそれだったという。


 ちなみに御年30歳だそうです。






Back.