遠征の滞在先の村で、フレイムは剣を振っていた。

「おーいフレイム、お前こんなときくらいゆっくりしろよ。女紹介してやろうか?」
「そんなものにかまけていられるか。勝手にいけ」
「つれないなあ」

同期の獣人に声をかけられても、ひたすら前を見据えて真っ直ぐに剣を振り続けるフレイムは、その命と人生を国に捧げている。国のため王のために尽くし、そう思って日々鍛錬を繰り返す。

そんなフレイムを部下と村民は怖々と遠目に眺めている。
大国ウェインは獣人と人間が共存する国だ。もとより人間しかいなかったが、獣人が征服し、王族や騎士団を司る役目はすべて獣人となった。元より人間より獣人が優れている点が多いこともある。

国の民である人間も守られ助けられているが、常に獣人は人間を下に見ている傾向にあった。耳や尻尾という獣人の急所になる場所を安易に人間に触らせないのはプライドと高い警戒心のためだ。

だからこそ村民や騎士団の部下たちはフレイムを恐れているし近づかない。それをフレイムはどうとも思っていなかった。フレイムにとって村民も部下も守るべき者たちではあるが、それ以下でもそれ以上でもない。
何時間も振り続け、食事の準備が終わり声をかけられるまでひたすら前を見据えていたフレイムは所謂お堅いと言われる獣人だった。

「おいおい友人。せっかく休憩の時間だっていうのに部下たちも、お前のせいで気が抜けないでかわいそうだろう」
「そんなことを強いた覚えはない」
「そんな顔して言うな。上司が仕事してたら部下もしなきゃいけないと思うだろ?気が利かないなあ」
「悪かったな」
「思ってないだろ。…もお全くフレイム様ったらあ」

フレイムの肩に体重を乗せながら、まるで娼館の売女のように身を寄せる同期の獣人。
フレイムはそれを冷たく振りほどくと、真っ直ぐ宿の方へ歩いて行く。冗談の一つも通じないフレイムに同期はため息を吐きながら追いかけ、それからふと呟く。

「もうフレイムもいい年だろ。そろそろ良いやついないのか」
「そんなものいらない」
「おいおい俺の奥さんをそんなもの扱いか」
「そんなことは言ってない」
「そういうことだろ」

宿に入り、食堂のテーブルにさっさと歩いて行くフレイムに言い募る同期。そんな様子を多くの騎士が遠くから眺めている。

この騎士団には獣人が二人。つまり上司は二人。それ以外は人間の騎士だ。同期のゼイラは砕けた口調とにこにことしたその笑みからとっつき易く、獣人でありながら部下には好かれている。
一方で仏頂面と整ってはいるものの強面のせいでクールな印象のあるフレイムは恐れられ、話しかけづらい存在になっている。

その上ゼイラは若いがフレイムはかなり目上の存在になる。
それでもその強さを慕う部下は山ほどいる。
大国ウェインはしばらく、隣国と戦争中であった。何年も続いたその戦争で多くの功績を残したフレイムは国王にも目をかけられているほどだった。
前を見据え、何者にも惑わされないフレイムは騎士の中の騎士と呼ばれていた。

「思うんだけどさ、フレイムって自慰とかすんの?だって女の子抱いてないじゃん」
「食事中だぞ」
「いいじゃん。もしかして、童貞!?」

同期の大声に食堂の全員が振り返り、静かになる。こんな大衆の面前で恥じらいもなく場違いな発言。すぐ様異様な空気を感じ取ったフレイムはゼイラをにらみつける。

「いい加減にしろ」
「お前のことを思って用意してあげようとしてんじゃん。本当に女の子必要ないの」
「いらない。そんなもの」

そんなものって、とどん引きするゼイラを尻目に食事を終えてさっさとフレイムは二階に通じる階段の方へ歩いて行く。
そこにはフレイムとゼイラだけの、獣人だけが用意されている個室がある。フレイムはさっさと書類を書いて寝てしまおうと、そう思った。

女なんて、馬鹿らしい。
ゼイラには言わなかったが、フレイムはそう思っていた。

夜になって報告書も一段落ついたので、フレイムは夜風に当たりたくなり宿を抜け出した。多くの騎士たちはほとんど宿ではなく娼婦たちを探しに行っているだろう。村にしては大きいので、半ば町のようなものだ。将来有望の騎士を捕まえるため、露出の高い服で今頃誘っていることだろう。

フレイムは明るい方ではなく、反対へと歩いて行く。暗いせいで足下が一切見えず、フレイムは一度宿に戻るとランタンを手に歩いて行く。
真夜中の森は危ない。しかし騎士で、獣人のフレイムを見て襲いかかってくる人間も獣もいない。一眼で勝てない相手だと分かるはずだ。それでも襲ってくるのは馬鹿だけだ。
そのうえ鼻も利く。

ランタンがぼんやりと輝き、身体の揺れに合わせて葉が照らされる。がさがさという音も動物の遠吠えも恐るるに足らない。人間よりずっと鋭い鼻であたりを警戒しながら、何かにひかれるように真っ直ぐ迷いもなく歩いて行く。

そのうち同期の言葉を思い出す。ゼイラはすでに伴侶を見つけ、子供までいる。多くの獣人は獣人と結ばれる。人間と結ばれる例は見ない。しかしフレイムは彼のように弱みを作るのは嫌だった。

ーー俺が守るのは国だけで良い。

剣を振るうそれを鈍らせるわけにはいかない。
がしゃんがしゃんと歩くたびに鳴る鎧。一度は脱いだそれを着けて出るのは、時に馬鹿な盗賊たちに狙われることがあるためだ。負ける気はしないが、慢心は見せない。

またかなりの重みのそれを身につけて歩くだけでこの鋼の肉体は衰えることを知らない。

ーー気配がする。

一人で歩いていても、警戒を怠ることはない。あたりを睨み付けるように見回している内に、かなり森の奥の方にただの動物とは違う気配を見つける。

動くことはないが息を潜めている様子もない。休憩している人間の気配にも思えるが、こんな真夜中のこんな場所で。
真っ直ぐそちらへ足を進めていき、神経を尖らせていく。

敵か、それともただの無害な存在か。

しかしその予想と違って、フレイムはその夜、人生も運命も変える、奇妙な少年に出会うことになる。

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