「飯食うぞー」

コンビニ袋を片手に、僕の一番仲のいい友達、白石が声をかけてきた。
白石は由緒正しい呉服屋の一人息子。こんなこと言うのはあれだけどこの学園では普通の顔立ちで、でも明るく優しい性格でいつもニコニコしてるのもあって人気者。
それに比べて僕は、旅館の一人息子。接客業を継ぐ身でありながらあんまり人と話すのは好きじゃない。顔立ちがいいおかげでいじめられたりはないけど孤立しがちだった。
うん、いや、あの、を繰り返す一年生になったばかりの僕に愛想よく話しかけてきた白石は今も同じように話しかけてきてくれる。
ありがたい。

「おーい置いていくぞ」

ぱっと顔を上げると教室の扉の奥に消えようとしている白石に慌ててお弁当箱を掴むと走る。
仲良くなると遠慮しない性格で、意外に雑。でもそれを知ったのも白石と仲良くなっているという事実の下にある。
嬉しい。

「ま、待って」
「置いてくわけないだろー」

実際に教室出てすぐのところで白石は待っていた。
2人で、食堂に向かう生徒たちとは逆の方に進んでいく。長い廊下の、横に長い窓からは薄暗い雲が見える。ガラスをパタパタと叩く雫。

「今日、雨だね」
「あー屋上じゃ食べれないな。…屋上の入り口のとこで食べるか」
「他にも人いるかもしれないよ」
「そしたら空き教室」

基本は2人でお昼を食べている。だいたい屋上。白石は天気が良いのがお気に入りだから。僕は本当は室内で、誰もいないところで食べたい。もちろんそんなことは言えないけど。
だから、誰もいないといいなと思った。

「今日のメニューは?」
「たまごやきと、きんぴらごぼうとハンバーグ。マスカットも入れた」
「うまそー。一口な」

階段を上がって、先に白石が上を見に行ってそれから僕を手招く。屋上の入り口は誰もいないらしい。よかった。

掃除の行き届いてない、埃の見える床にハンカチを敷いてから座る僕と、御構い無しにあぐらを組んで座る白石。
白石のお昼はコンビニで買ってきたカツのサンドイッチ。カツが大好物の白石に前に僕が作ったのを食べてもらったら、コンビニより美味しいって褒めてくれた。

旅館のことも関係なく、料理好きで自炊する僕とは逆に何でもコンビニで済ます白石。
お手拭きも使わずにサンドイッチを食べようとしてる白石に慌てて付近を渡すとサンキューと返される。

「すっげーパサパサ。さすがコンビニ」
「何それ、褒めてるの」
「お前の作ったやつのが美味かったよなあ」

口に詰め込んだサンドイッチをハムスターのようにもぐもぐさせる白石。
素直な言葉に思わずありがとう、すら言えず言葉を詰まらせる。嬉しいのに恥ずかしい。
代わりに摘んだ卵焼きの1つを差し出す。

「あげる」
「お、ナイス。今日の具は何ですかい大将?」

とぼけたように聞いてくる白石。

「そぼろとネギ。余り物」
「へー…うまそー」

行儀悪く手で摘んで一口で食べた白石は、ぱっと目を輝かせる。

「うめーな。余り物とかカンケーないわ」
「ありがとう」

今度は言えた。
褒められるのが嬉しくて、僕も卵焼きを摘む。一口齧って、確かに美味しい。出汁もよく効いてるしほんのり甘い。唇についた油を舌で舐めて、味わった。
それをじっと見ていた白石と目があった。妙に真剣な目つきだったから僕は「な、なに?」と吃りながら聞いた。

「いやお前の食い方エロいなーって」
「え…っ?何言ってるの?」
「何つーのかな、ねっとり食べるよな。仕草ゆっくりで上品なのに、箸咥えながら引くところとか唇裏返ってるし、ちょっと隙間からベロとか見えるし」
「う、うそっ。そんなことない!」
「まじまじ。美人だしさ」

エロいなんて言われたことないし、冗談にしか聞こえない。でも白石の目が本当だって言ってるし。
なるべく唇がめくれないように、舌も見えないように食べるけど、白石はその間僕のことをずっと見てる。「エロすぎ」「ヤバい」とかあり得ないことを言いながら。
緊張するし恥ずかしいから見ないで欲しいんだけど。

「あ、あんまり見ないで」
「えー…あっ」

面白くなさそうにちぇっと言った白石は急に何かを見つけたように、素っ頓狂な声をあげた。サンドイッチの残りを慌てて口の中に詰め込んで、立ち上がる。その袋ゴミを丸めてなんと僕の方にポイと投げてきた。僕はゴミ箱じゃないのに。
まだ食べてる途中の僕を置いて階段を降りていった白石を恨めしくなって睨むと、踊り場で振り返ってくる。

「わりー、勃っちまった。トイレで抜いてくるからそのゴミ頼むわ」

とんでもないことを言って、白石は消えた。僕は真っ赤になって昼休みの終わりのチャイムが鳴るまで呆然としていた。

そのあと、昼休みを終えて教室に戻ってきた白石はすっきりした表情で、「お前のことオカズにしちゃったよ」と悪びれる様子もなく告げてきた。そのせいでまた僕は顔に熱が集まって何も言えなくなってしまった。

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