危険な男とある意味危険な女(1/1)
それは、何の前振りもなくやって来た。
『……ふんふーん』
鼻歌を歌いながら竹箒を振り回すゲフン、落ち葉を掃くあたし。
こっちの世界に来て早数ヶ月。いつものように、裏庭の掃き掃除をしていた。うん、いつものように、掃いても掃いてもキレイになりません何でだコノヤロー。どんだけあたし不器用なんだよコンチクショウ。
『…………』
チラリと視界に入る厠。
もう日々の日課となりつつあるが、掃き掃除を中断して厠へと歩いて行く。
―――ガチャ、
いつもと同じ、古めかしい厠。
分かってはいたが、心のどこかで淡い期待をしていた。もしかしたら今日は、と。
『あー、やだやだ、辛気くさ』
あたしは竹箒を肩に担ぎ、踵を返した。今日の昼飯は何だろなー。ちゃっちゃと掃除終わらせて、秀ちゃんと一緒に行くか。
―――ガチャ。
『え』
あたしは突然開いた厠のドアへ振り向いた瞬間、持っていた竹箒を落とした。
* * *
「いたた、」
今日も今日とて、相変わらずの不運は絶好調。あはは、日本語おかしいや。
後輩(綾部)が掘ったであろう落とし穴から這い上がる。浅めで良かったよ本当。
地面に転がる落とし紙を拾っていると、ほんの一瞬、空気がピリッとした。
「……殺気、」
これは殺気だ。
曲者が現れたのだろうか、誰かが応戦しているのかもしれない。
僕は気を引き締め、殺気を放ったであろう曲者を探しに、
『ふふふふ不作君んんんっ!!!』
「え、ぐえっ!」
全速力で走ってくるお銀さんに突進され、僕はお銀さんと共に再び落とし穴に落下した。
「いたた、お銀さん大丈夫で」
『ちょ、喋んなバカ!』
お銀さんに口を押さえられ「大丈夫ですか」が最後まで言えなかった。お銀さんは怪我してないだろうか。僕はお銀さんの下敷きになったから正直背中とお腹が痛い。それよりちょっと息が、喋らないから手を、お銀さん、い、息が、
「……オイ、銀千代」
『ひいいいっ!!?』
ビクゥッと思いっ切り体を強ばらせるお銀さん。僕はお銀さん越しに見えるその声の主を見上げた。
派手な着流しを来た、男。
包帯で隠れていて片目だけしかないが、その鋭い眼光はこちらの身を震わせる。
よく医務室に来る雑渡さんを連想させるが、この男は、彼より危険だ。
そしてこの人、多分、強い。
その男はお銀さんから目を放すと、ひらりとその場を離れた。次の瞬間、彼がいた場所に手裏剣がカカカッと音を立てて刺さった。
「曲者っ!」
この声は留三郎だ、今の内に僕らもここから出ないと!
「お銀さん今の内に!」
『…………』
珍しくおとなしいお銀さんに違和感を覚えつつ穴から出ると、留三郎が男と睨み合っている。複数の気配が集まって来ているので、騒ぎを聞きつけた先生方が向かっているのだろう。
「お銀さん、大丈夫ですか」
『不作君あたしもうダメだ終わった。絶対アレがバレたんだ、だってマジギレだよアレ、晋ちゃん意外とナルシだからバレたらマジギレもんだしアレ、見てあの目相当キてるよ』
「え、ちょ、バレた?晋ちゃん?」
ちょっと待って、お銀さんあの人と知り合いなの?え、という事は、男の天女様ってこと?
そうこう考えている内に、先生方と忍たま上級生が集まって来た。下級生達は離れた物陰からこちらの様子を窺っている。
「貴様っ!どこの回し者だっ!」
「ククッ、雑魚に用はねェ。俺が用があんのはてめェだ、銀千代」
留三郎は眼中にないようで、彼の視線はお銀さんにしか向いていない。
『呼ばれてるよ不作君』
「……お銀さん、あの人“銀千代”って言いましたけど」
お銀さん、往生際が悪いよ。どっからどう見てもお銀さんをご指名だよ。
お銀さんは汗をダラダラと流しながら、必死に突破口を考えているようだ。………あ、頭から煙が出た。
『ななな何さ!!アンタの手配書に落書きしたくらいでマジギレとかガキか!!だからチビなんだよバーカバーカ!!』
…………お銀さん、貴女って人は一体何やってるんですか。
「斬らねェとその口は黙らねェか、なァ、銀千代さんよォ」
チャキ、と男が抜刀する。
二人の会話についていけず困惑していた僕たちは、彼が抜刀したことで一気に戦闘態勢に入る。
『ちょ、晋ちゃん、ちゃんとカルシウム取ってる?何でもかんでも斬りゃあいいってもんじゃ、うおっ!?』
お銀さんが喋り終わる前に彼が斬りかかり、寸前で避けるお銀さん。どうしよう、お銀さんを助けに行かないときっと斬られてしまう。でもそれ以前に、僕らが彼に太刀打ち出来るのか。だって、彼の太刀筋が全く見えなかったのだから。
「おい伊作、」
「……うん、あの人、強い」
「善法寺、大丈夫だったか?」
お銀さんと彼が少し離れたので、土井先生や級友たちが集まってくる。僕は大丈夫だけどお銀さんが、あれ?お銀さんも抜刀してる。あれ、何これ、僕の心配損?
『好きな子イジメんのも大概にしないと引くわっ!そんなにお銀さん好きなの?厠から普通に出てきて斬りかかるとかドン引きだわっ!』
「死ね」
ギャーギャーと騒ぎながらも、あの男と渡り合うお銀さんは何だかんだで凄いと思う。
「……結局あの男は何モンだ?」
「なんかお銀さんの知り合いみたいなんだけど、」
あの話の流れだと彼はお尋ね者で、その手配書にお銀さんが落書きをして、あれ、何これ、ただの喧嘩?
「ん、あれは何だ?」
土井先生が、僕とお銀さんが落ちた穴の近くで一枚の紙を拾い上げた。
「……………」
土井先生は、その紙を見て黙り込んでしまった。何の紙なんだろう。僕と留三郎は土井先生の持つ紙を覗き込んだ。
「……………」
「……………」
ああ、お銀さん。
これは誰でも怒るよ。
その紙は、彼の手配書だった。
彼は“高杉晋助”という名らしい。
何故「らしい」なのかというと、“高杉”の“高”という字の所にバツ印が書かれて“低杉”と上書きされている。
そして彼の顔には鼻毛がもっさりと書かれており、顔の下に“自称独眼竜、参上!(笑)”と書かれていた。
「……放っておこう」
「そう、ですね」
土井先生が、みんなに解散するように合図した。みんな納得いかない表情だけど、理由がこれだから仕方ない。
お銀さーん、大きな怪我はしないで下さいねー。
アンタ何様高杉様(ちょ、それより晋ちゃん!
アンタどうやって来たの?!)
(殺したい奴がいるって頼んだ、死ね)
(誰にいいいいいっ?!!)
独眼竜はご立腹
|
back