危険な日のち安全な日(1/6)
聞いて欲しいことがある。
知っているだろうが、俺は五年ろ組の竹谷八左ヱ門。
俺たち五年生は、今回の天女の担当を任されている。ようするに世話係りというやつだ。
食堂での一件で、天女への警戒が一気に強まった。誰が狙いというよりも、俺たちの友好関係をグチャグチャにしたいだけなのかもしれない。又は、ただの阿婆擦れか。
とにかく、この天女がどんなタイプかを見極めないと作戦が立てられない。
俺は三郎みたいに臨機応変に作戦変更する器用さはないし、兵助みたいに格好いい台詞も思い付かない。
つまり、今俺がすべき事は、天女を観察して良い作戦を立てることだ。ちょうど今日の監視役は俺だし、一石二鳥だな!
そんな事を考えていた時、担当の二人を追っ払って厠に入った天女がこっそりと出てきた。
キョロキョロと周囲を見渡し、長屋とは反対方向にコソコソ移動し始めた。
………どこへ行く気だなんだ?
俺は、気配を消して後をつけた。
『心、頭、滅、却っ!』
ばさあああ、
ん?
んん?
えーっと、んんん?
ナゼ、塩ヲ、カブッタノ?
少しばかり、いや、大変に混乱していらっしゃる俺の脳内は、爆発寸前。
そんな俺とは逆に、天女は足取り軽く移動する。恐らく長屋に向かっているのだろうが、その方向じゃない。兵助と勘ちゃんを呼んで来るか、いや、俺が行こう。
迷子の天女を颯爽と助ける俺。
おほーっ!
どうこれ!
もしかしたら、天女が俺に惚れちゃうかも!よしっ!俺が行こう!
天女に声を掛けに行こうと足を踏み出したら、天女が立ち止まった。
そして、ゆっくりと振り向いた天女は、背後にあった茂みの辺りを見つめている。
一体どうし……、っ!?
俺は少しだけ血の気が引いた。
天女が見つめる先には、最近飼育し始めたばかりのアオダイショウのこん太がいたのだ。
* * *
大変だ、これは大変だぞ。
また我が生物委員会のペット達が逃げ出している。孫兵たちは知っているだろうか。いやそれよりも問題はこっちだ。
天女と睨み合っているアオダイショウのこん太は毒蛇ではないものの、とりあえずデカいのだ。孫兵が飼っているアオダイショウのきみことは比べ物にならないくらいデカい。しかも、まだ誰にも懐いておらず、気性が荒いのでかなり危険だ。
こん太がキュッと締め付ければ、この天女なんか一発でご臨終だ。しかし、課題点は欲しい。うーん、どうするべきか……
『今朝の、田中でいいですか』
ん?
んん?
えーっと、んんん?
イマ、蛇二、話シカケマシタ?
少しばかり、いや、大変に混乱していらっしゃる俺の脳内は、爆発寸前。本日二回目だ。
ま、まさか、この天女、
そこまで声が大きくないので聞き取り辛いが「もう紺ちゃんでいい?」とか言っている。マジか。蛇と話してる。マジか。
いや待て、アオダイショウは色が青いから適当に名付けたのかもしれない。そうだ、そうに違いない。
『……坂吉、です』
ななな名乗った!!!
これ会話してる!この天女蛇と会話してらっしゃるっ!!
『だから坂吉だって言ってんじゃん聞こえないのこんな至近距離で』
たたた立場が上だ!
この天女の方が立場が上だ!デカいアオダイショウより立場が上だっ!!!
天女は「紺ちゃん」と呼びかけ、小さく「よろしく」と呟いた。どうしよう、マジか。こん太が天女に手懐けられた、マジか。
『そういえば、進んだら落ちるって何?ここ庭でしょ』
へへへ蛇が落とし穴教えた?!
手懐けてる!これ完全に手懐けられてるっ!!!
すげぇ!天女すげぇ!!
人知れず、竹谷八左ヱ門の好感度がアップした。
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