危険な男とある意味危険な女

 
 
 
それは、何の前振りもなくやって来た。






『……ふんふーん』



鼻歌を歌いながら竹箒を振り回すゲフン、落ち葉を掃くあたし。



こっちの世界に来て早数ヶ月。いつものように、裏庭の掃き掃除をしていた。うん、いつものように、掃いても掃いてもキレイになりません何でだコノヤロー。どんだけあたし不器用なんだよコンチクショウ。



『…………』



チラリと視界に入る厠。



もう日々の日課となりつつあるが、掃き掃除を中断して厠へと歩いて行く。





―――ガチャ、





いつもと同じ、古めかしい厠。



分かってはいたが、心のどこかで淡い期待をしていた。もしかしたら今日は、と。



『あー、やだやだ、辛気くさ』



あたしは竹箒を肩に担ぎ、踵を返した。今日の昼飯は何だろなー。ちゃっちゃと掃除終わらせて、秀ちゃんと一緒に行くか。











―――ガチャ。











『え』



あたしは突然開いた厠のドアへ振り向いた瞬間、持っていた竹箒を落とした。









* * *










「いたた、」



今日も今日とて、相変わらずの不運は絶好調。あはは、日本語おかしいや。



後輩(綾部)が掘ったであろう落とし穴から這い上がる。浅めで良かったよ本当。



地面に転がる落とし紙を拾っていると、ほんの一瞬、空気がピリッとした。



「……殺気、」



これは殺気だ。



曲者が現れたのだろうか、誰かが応戦しているのかもしれない。



僕は気を引き締め、殺気を放ったであろう曲者を探しに、



『ふふふふ不作君んんんっ!!!』

「え、ぐえっ!」



全速力で走ってくるお銀さんに突進され、僕はお銀さんと共に再び落とし穴に落下した。



「いたた、お銀さん大丈夫で」

『ちょ、喋んなバカ!』


 
お銀さんに口を押さえられ「大丈夫ですか」が最後まで言えなかった。お銀さんは怪我してないだろうか。僕はお銀さんの下敷きになったから正直背中とお腹が痛い。それよりちょっと息が、喋らないから手を、お銀さん、い、息が、



「……オイ、銀千代」

『ひいいいっ!!?』



ビクゥッと思いっ切り体を強ばらせるお銀さん。僕はお銀さん越しに見えるその声の主を見上げた。



派手な着流しを来た、男。



包帯で隠れていて片目だけしかないが、その鋭い眼光はこちらの身を震わせる。



よく医務室に来る雑渡さんを連想させるが、この男は、彼より危険だ。



そしてこの人、多分、強い。



その男はお銀さんから目を放すと、ひらりとその場を離れた。次の瞬間、彼がいた場所に手裏剣がカカカッと音を立てて刺さった。



「曲者っ!」



この声は留三郎だ、今の内に僕らもここから出ないと!



「お銀さん今の内に!」

『…………』



珍しくおとなしいお銀さんに違和感を覚えつつ穴から出ると、留三郎が男と睨み合っている。複数の気配が集まって来ているので、騒ぎを聞きつけた先生方が向かっているのだろう。



「お銀さん、大丈夫ですか」

『不作君あたしもうダメだ終わった。絶対アレがバレたんだ、だってマジギレだよアレ、晋ちゃん意外とナルシだからバレたらマジギレもんだしアレ、見てあの目相当キてるよ』

「え、ちょ、バレた?晋ちゃん?」



ちょっと待って、お銀さんあの人と知り合いなの?え、という事は、男の天女様ってこと?



そうこう考えている内に、先生方と忍たま上級生が集まって来た。下級生達は離れた物陰からこちらの様子を窺っている。



「貴様っ!どこの回し者だっ!」

「ククッ、雑魚に用はねェ。俺が用があんのはてめェだ、銀千代」



留三郎は眼中にないようで、彼の視線はお銀さんにしか向いていない。



『呼ばれてるよ不作君』

「……お銀さん、あの人“銀千代”って言いましたけど」


 
お銀さん、往生際が悪いよ。どっからどう見てもお銀さんをご指名だよ。



お銀さんは汗をダラダラと流しながら、必死に突破口を考えているようだ。………あ、頭から煙が出た。



『ななな何さ!!アンタの手配書に落書きしたくらいでマジギレとかガキか!!だからチビなんだよバーカバーカ!!』



…………お銀さん、貴女って人は一体何やってるんですか。



「斬らねェとその口は黙らねェか、なァ、銀千代さんよォ」



チャキ、と男が抜刀する。



二人の会話についていけず困惑していた僕たちは、彼が抜刀したことで一気に戦闘態勢に入る。



『ちょ、晋ちゃん、ちゃんとカルシウム取ってる?何でもかんでも斬りゃあいいってもんじゃ、うおっ!?』



お銀さんが喋り終わる前に彼が斬りかかり、寸前で避けるお銀さん。どうしよう、お銀さんを助けに行かないときっと斬られてしまう。でもそれ以前に、僕らが彼に太刀打ち出来るのか。だって、彼の太刀筋が全く見えなかったのだから。



「おい伊作、」

「……うん、あの人、強い」

「善法寺、大丈夫だったか?」



お銀さんと彼が少し離れたので、土井先生や級友たちが集まってくる。僕は大丈夫だけどお銀さんが、あれ?お銀さんも抜刀してる。あれ、何これ、僕の心配損?



『好きな子イジメんのも大概にしないと引くわっ!そんなにお銀さん好きなの?厠から普通に出てきて斬りかかるとかドン引きだわっ!』

「死ね」



ギャーギャーと騒ぎながらも、あの男と渡り合うお銀さんは何だかんだで凄いと思う。



「……結局あの男は何モンだ?」

「なんかお銀さんの知り合いみたいなんだけど、」



あの話の流れだと彼はお尋ね者で、その手配書にお銀さんが落書きをして、あれ、何これ、ただの喧嘩?



「ん、あれは何だ?」



土井先生が、僕とお銀さんが落ちた穴の近くで一枚の紙を拾い上げた。



「……………」


 
土井先生は、その紙を見て黙り込んでしまった。何の紙なんだろう。僕と留三郎は土井先生の持つ紙を覗き込んだ。



「……………」
「……………」



ああ、お銀さん。



これは誰でも怒るよ。



その紙は、彼の手配書だった。



彼は“高杉晋助”という名らしい。



何故「らしい」なのかというと、“高杉”の“高”という字の所にバツ印が書かれて“低杉”と上書きされている。



そして彼の顔には鼻毛がもっさりと書かれており、顔の下に“自称独眼竜、参上!(笑)”と書かれていた。



「……放っておこう」

「そう、ですね」



土井先生が、みんなに解散するように合図した。みんな納得いかない表情だけど、理由がこれだから仕方ない。



お銀さーん、大きな怪我はしないで下さいねー。













アンタ何様高杉様


(ちょ、それより晋ちゃん!
アンタどうやって来たの?!)
(殺したい奴がいるって頼んだ、死ね)
(誰にいいいいいっ?!!)


独眼竜はご立腹



 



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