「フィー、いるか?」
アルがフィーの部屋を訪ねると、部屋の主は出かけてしまったようで誰もいなかった。
それがお昼前。
日が暮れてもフィーが帰ってきた様子はない。ふらふらとどこかに出て行くことはあるものの、アルに何も言わずに長時間出かけたことなんてなかった。
全く、どこに行ってしまったのだろうか。
もしかしたら、どこかで怪我をして動けないでいるのかもしれない。もしくは面倒なことに巻き込まれてしまったのだろうか。
そんなネガティブな考えが頭を巡る。
探しに出ようか真剣に考え始めたとき、部屋の外で物音がした。
アルの部屋の前はフィーの部屋だ。
ここの主であるクレイズが立てた音の可能性もゼロではないが、限りなくゼロに近いだろう。一緒に住んでいるはずなのに、丸一日会話がないどころか姿を見ない日だってあるのだ。
そう考えてこの物音はフィーが立てたものだと判断し、自室の扉から顔を出す。
そこには予想通り、フィーがいた。
「フィー、帰って来たのか。今日一日どこに行ってたんだ?」
いつもだったら今日は何をしただの、何があっただのを話てくれるのだが、今日はいつもと違った。
驚いたようにびくりと体を震わせ、慌てて後ろ手に何かを隠す。
「あ、アル兄……」
「ん、どうした?何を隠したんだ?」
「何でもないっ」
フィーは早口にごにょごにょと答えると、何かを隠したまま自室に入ってしまった。
予想外の反応に、アルは狐につままれたような表情をする。一人取り残されたアルは行き場をなくした。
そうかこれが反抗期か。
どこに行くとも告げずに遅くまで出かけて、秘密まで作るとは……。
そのうち「アル兄」とも呼んでくれることはなくなって「クソジジイ」とか覚えてくるのだろうか。会話もだんだんしてくれなくなるのかな。
フィーが大人になるためには通る道なのだと己に言い聞かすが、寂しさは拭えない。
次、まともに話してくれるときは、ボーイソプラノの声ではなくなって、テノールとかバスとか、太く低い声になっているのだろう。身長はアルを超えていて、見上げながら話すことになるのかもしれない。
自分を慕ってくれる今までの可愛いフィーとはもうお別れなのだ。
そんなことを頭の片隅で考えながら、小さくつぶやく。
「さよならフィー。こんにちは反抗期、か」
自然と涙で視界が歪む。零れ落ちないように、少しだけ上を見上げて部屋へと戻った。
後に涙は嬉しさと苦しさに変わる。
「フィー君、お兄さんは喜んでくれた?」
後日、リンが草木の手入れをしながら声をかけてくる。
虫が付かないように面倒を見なくていけないらしい。植物を育てるのも大変なんだと思う。
「うん、すごく喜んでくれた。でも……」
「でも?」
芋虫のような虫を軍手で摘んだまま、作業を止める。その芋虫が必死にリンの手から逃げだそうとしている様子を見ながら、言葉を続ける。
「生クリームが駄目だったみたい。顔が真っ青で気持ち悪そうなのに、フィーの手作りだからって最後まで食べてた」
フィーが「もういいよ残してよ」と止めても、アルは意地でも残さなかった。
最後の一口を食べ終わるとベッドにダイブし、何を言っても「ああ」と「うー」でしか返さなかった。その後も「反抗期が」とか「フィーが喋ってくれない」など、しばらくの間うなされていた。
「お兄さん、クリームが苦手な人だったとは予想外だったわ。ごめんなさい」
「ううん。アル兄、すごく喜んでくれたから」
フィーはあんなに嬉しそうなアル兄の姿は初めて見たのだ。
結果はあまり良くなかったとはいえ、喜んでもらえたことは確か。残さずに食べたのだって、自分を思ってなのだろう。
「それじゃあ、来年はもっと良いものをプレゼントしなきゃね」
「うん」
来年はもっともっと喜ばせたい。フィーとリンは目を合わせると、楽しそうに笑った。
アル兄とたくさんお話してるのに、喋ってくれないってなんだったのかな?
HAPPY BIRTHDAY -b-2011,7,5
これの一部が書きたかったがためにできた話