「誕生日にもらって嬉しいもの?」
豊かな赤毛を風になびかせながら、花壇の花に水やりをしていたリンは、フィーの言ったことを反唱する。
「うん。誕生日にもらって嬉しいものって何?」
家の前にある数段の階段に腰掛けるフィーは、リンを見上げながら最初に言った言葉を繰り返す。
「そうね……心のこもったプレゼントだったら、何でも嬉しいかしら」
ふと、水やりのことを忘れてしまったかのように、作業の手を止めて言う。手に持ったじょうろから滴が落ちて葉を揺らし、その延長にある赤い実を揺らす。
この赤い実はリン曰く「甘酸っぱい」らしい。食べるか尋ねられたが、毒々しい赤とぶつぶつした見た目に尻込みして断ってしまった。フィーはこうして見てる方が良いと思った。
心のこもったものとは何があるだろうか。水滴をきらきらと纏わせた葉を見つめながら考えを巡らす。
悩んでいるのが表情に出たのだろう。リンは急いで私だったら、と言葉を続ける。
「お花をもらったら嬉しいな。でも、相手はお兄さんなのよね?そうだなあ……」
フィーは頭の中でアルの周りに花を散りばめてみる。失礼だが、あまり似合ってなかった。アルが花を持っているのを見たことないというのもあるのかもしれない。
「あ!誕生日ケーキを作るのとかどう?」
リンは名案を思いついたかのように笑顔になる。その言葉に首を傾げる。
「ケーキ?」
「そう、ケーキ。ふわふわのスポンジにフルーツをはさんで、生クリームやチョコレートで飾り付けるのよ。それを誕生日に年齢の数のろうそくを立てて祝うのだけど……知らない?」
フィーは首を横に振る。初めて聞いた風習に興味を抱く。
食べ物は調理して食べるということは知っていたが、研究所を統括するクレイズが食に興味を持っていないために料理というものをあまり口にしたことが少ない。
その代わりに食べているのは、棒状の栄養食だ。それ一つで必要な栄養が補えるというもので、幼い頃から食べているフィーにはそれが普通のことだった。
だからリンに出会って料理というものを口にしたときは、こんなに美味しいものがあるのかと感動したものだ。
とにかく、そんなわけでケーキという食べ物がどんなものか想像がつかなかった。
「どうやって作るの?」
「小麦粉と卵を混ぜて焼くのだけど……。フィー君、お兄さんの誕生日っていつなの?」
「えっと、今日……」
「今日なの?」
リンが声のトーンを上げて返答する。予想以上にタイムリミットまでの残り時間がなかったのだろう。驚いた表情をしている。
言い訳をするようだが、アル兄の誕生日のことは把握してはいた。何をプレゼントしたら喜ぶかをずっと考えていたら、気付いたときには当日になっていた。
それで、リンの知恵を借りようとやってきたのだ。
難しい表情をしていたリンが、ぱっと顔を輝かす。
「あ、待ってて。家に材料があったと思うわ」
リンはじょうろを手にしたまま、フィーの脇を通って家に入る。
リンがいなくなってしまうと、しんとした静寂が訪れる。
フィーは手持ちぶさたに周りを観察する。今日は空高く晴れ渡っていて気持ちが良い。太陽の光に当たってゆっくりと伸びをすると、水を含んだ土の匂いが鼻腔を優しく刺激した。
植物達も新鮮な冷たい水と暖かい太陽の光を喜んでいるように思える。
突然、静寂が破られる。リンが笑顔で家から出てきたからだ。
「うちにあるので良ければ、それを使って作りましょう!前にお菓子を作ろうと思って買っておいた材料があったのよ」
フィーと目が合うなり、にこにこと嬉しそうに言う。
「使ってもいいの?」
「もちろんよ!早速作りましょう!」
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そうして作ったのがフィーの目の前にある、このケーキだ。
純白のクリームに包まれたふわふわのスポンジ。作っている最中に少しだけクリームを舐めてみたが、今までに味わったことのない優しい甘さがした。
ケーキの上には赤い実が乗っている。リンが大事に育てていた実を分けてもらったのだ。
それは色とぶつぶつした形に、フィーが口にするのを躊躇ったもの。でも、このイチゴという食べ物はケーキには定番らしい。
確かに、白い大地に赤が映える。……ような気がする。
リンは「上手にできたわ。これならお兄さんも喜んでくれるはずよ」と太鼓判を押してくれた。
アル兄は本当に喜んでくれるのだろうか。
リンに教えてもらった通り、細いロウソクをケーキにさし火を灯す。これで準備は整った。そっとケーキに衝撃を与えないように、アルの部屋の前まで歩く。
「アル兄、ちょっといい?」
両手が塞がっているので、扉の外から声をかける。
先程までいたはずなのに、部屋から物音がしないので不在なのかと焦る。しかし、しばらくすると微かに物音がし、ギィと音を立てて扉が開く。
「フィー?何か……」
「アル兄、お誕生日おめでとう!」
アルの言葉を遮って、フィーがお祝いを口にする。
「……え?」
アルがぽかんとした表情でフィーを見つめ、その手に目線を下げる。気のせいだろうか、いつもよりもアルの目が赤いような気がする。
「アル兄のお誕生日のお祝い」
ロウソクの火を消して、と顔の近くにぐっと近づける。
少し戸惑った表情を見せたものの、忘れていた自分の誕生日を思い出したかのように、ふっと嬉しそうな笑顔になる。
一息でロウソクの火を全て消す。
「ハッピーバースデー、アル兄!」
でもな、この年になると誕生日が待ち遠しくなくなるんだよ
そうなの?大人になりたくないの?
おじいちゃんになりたくないんだ
HAPPY BIRTHDAY -a-2011,7,5
リンとフィーのテンションの差が書きたかった