「ねぇねぇ、キルト」
「なぁに?ルーチェちゃん」
「お腹すいた……」
〜初めてのお料理〜
キルトの家、居間に2人。
今、この家には木の皮で籠を作っているキルトと、むすっとした顔でそれを眺めているルーチェの2人しかいない。
キルトの両親は畑を荒らす野生の動物を追い払うため、村の外れまで罠を仕掛けに行った。すぐ帰ってくると言って出て行ったのに、まだ帰ってこない。
「キルトーぉ、お腹減ったよー」
先程からずっと不機嫌だったルーチェが駄々をこねる。
ルーチェの両親は考古学者であり、遺跡発掘のため1週間ほど出掛けている。
その間ルーチェは、キルトの家でお留守番。毎度のことながら、一緒に連れて行ってもらえないことに機嫌を悪くしているのだ。
「そういえば、お母さんたち、遅いね。どうしたのかな?」
キルトは手を止めて窓の外を見る。猫が一匹、道を歩いている。それ以外はいつもと変わらない風景。両親が帰ってくる姿も見えない。
「お腹減ったよー!」
仰向けになり、じたばたと暴れるルーチェのお腹が抗議の声を上げる。それにつられるように、キルトのお腹も鳴き始めた。
「お腹減ったね。でも、お母さんたちが帰ってこないと、ご飯作れないよ」
キルトはそう言うと、再び手を動かす。
母親が作っているのを見様見真似で始めた籠作りだが、手先の器用さと地道な作業が好きという性格が功を奏し、今では近隣の大きな町に売れるほどの腕前を持っている。
そんなに高くは売れないが、お小遣い稼ぎにはもってこいだ。
「やーだー!お腹がすきすぎて死んじゃうー!アタシが死んだらどうしてくれるのよー。そしたら、恨みに恨んで出てき……」
急に大人しくなったのでどうしたのかと顔を上げたキルトと、がばっと起き上がったルーチェの目が合う。
「そうだわ、キルト!アタシがご飯を作ったげる!」
ルーチェは名案を言ったかのように目を輝かせ、キルトにぐっと顔を近づける。
「え、ルーチェちゃん、お料理できるの?」
「もっちろんよ!アタシを誰だと思ってるの?未来の考古学者よ!…まぁ、一人で作ったことはないけどね。でも大丈夫!台所にはおばさんの料理本があるし、分からなかったらその本を見ればいいんだわ!」
意味の分からない自信と些かの問題発言を加え、ルーチェは意気揚々と台所へ向かう。その後を心配そうな顔のキルトが追う。
「ねぇ、ルーチェちゃん。もうちょっと待ってようよ。きっと、もう帰ってくるよ」
おどおどとキルトが言うと、ルーチェはくるりと振り返り腰に手を当てキルトを睨みつける。
「なによ、アンタ。お腹減ってないの?」
「それは…減ってるけど…」
「アタシが作るのに文句があるわけ?」
ずずい、と顔を近づけ睨む。キルトは慌てて首を横に振る。
「なら、問題ないじゃない」
ルーチェはにっこりと笑う。それからま鼻歌混じりに台所へ向かう。
残されたキルトは上手く言い包められたことにハッと気付き、慌てて後を追う。
「ねーねー、キルト。これって何て読むの?」
イラスト付きの料理本を広げ、眉根にシワを寄せながら、一文字ずつゆっくりと読んでいた。
作る料理はルーチェの独断と偏見で選んだ。絵を見るからにはシチューのようなスープだけど、なんともルーチェらしい色とりどりの料理。
本を見て作るというところまでは良かった。しかし一つ、問題があった。
「んーと。……分からないや」
その本に書いてある単語のほとんどが知らないものだった。
「んもぅ!この本、難しすぎよ!」
ルーチェは解読を諦め、仰向けに寝転がる。キルトは料理自体を諦めたと思い、ほっと胸を撫で下ろす。
「こうなったら、最後の手段ね」
「……へ?」
ルーチェは再びガバッと上体を起こし、本に描かれた絵を指差す。
「だから、最後の手段よ。この絵のようにできればいいんでしょ?アタシにまっかせなさい!」
「え、ル、ルーチェちゃん!」
見た目は絵のように出来れば最高だけど、味も本の通りに出来なきゃ仕方がない。
どうしようと慌てるキルトなど目にも止めず、ルーチェは鍋を取り出す。
「とりあえず、家にあるものを使いましょ」
ルーチェはそう言うと食料庫に入り込み、ありとあらゆる食材を持ってきた。
「る、ルーチェちゃん、お母さんに怒られちゃうよっ」
「大丈夫よ、お腹が減ってたと言えば許してくれるわ!キルトは火の調整をする係ね。早速、火をつけてちょうだい」
怯えるキルトを根拠のない自信で押さえ付ける。
キルトはどうしたらいいのか分からないまま、大人しくかまどに火をくべる。このへんの作業はいつも手伝っている通りだから、手際が良かった。
ルーチェはそれを見てにっこりとし、食材を選び始める。
「まずは……そうね。スープの色は白だから牛乳を入れるでしょ。それから、この緑色のから選んでいきましょ。」
鍋に牛乳を入れ、緑色の食べ物をじゃぽじゃぽ入れてゆく。
青葱、ニラ、セロリ。
「僕、セロリ嫌いだよぉ」
「そんなこと言ってたら、おっきくなれないわよ!」
ふとルーチェの手が止まる。手にしていたピーマンを見、ぽいっと投げ出す。
「アタシ、ピーマン嫌い」
おいおい、今言ってたことと矛盾してるじゃないか。そうキルトは思ったが、懸命にも口に出さなかった。
「次は赤の食材よ!……あまり赤いものってないわね。とりあえず、苺と林檎でも入れましょ。それから隠し味が必要ね」
そう言うとキルトが止める暇もなく、梅干しを投入する。
「ねぇ、ルーチェちゃん……。この組み合わせは美味しくなさそうだよ……」
「あら、そう?でもね、お腹の中に入っちゃえば、みんな一緒なのよ?」
確かにお腹に入っちゃえば同じかもしれないけど、その前に口に入った時点でかなり違う。
「次は黄色ね。何を入れようかしら」
レモンとバナナを手にとり、ちゃぽちゃぽと入れる。
「バナナって黄色なのは皮だけじゃないの?」
「あ、そうね。じゃあ皮も入れちゃいましょ!」
ふと疑問に思ったことを言ったのだが、余計な一言だった。
鍋の中は白い海にぷかぷかと色とりどりの野菜や果物が浮いている。
「ここからはルーチェちゃんの腕の見せどころよ!」
腕なんて見せなくてもいい、調理もしなくていいから、そのまま食べた方が食材達も喜ぶんじゃないか。
「塩胡椒ぱっぱ〜!」
変なリズムと音程をつけて、鍋の上で塩と胡椒の入った入れ物を振る。
ぽちゃんという音とともに塩のフタが鍋の中に入る。その後に中に入っている塩が続く。
「……あ」
どっちが言ったか分からないが、2人共同じ気持ちだったに違いない。
「……まぁ、こういうこともあるわ。キルト、お砂糖ちょうだい」
「え?うん。どうするの、ルーチェちゃん」
素直に砂糖の入ったビンをルーチェに手渡す。受け取ったビンを鍋の上で逆さまにする。「こうするのよ」
「あーっ!何するの?!!」
キルトは慌ててルーチェからビンを奪う。しかし時すでに遅し。ビンは空っぽになっていた。
「お塩とお砂糖でプラマイゼロよ」
あまりに自信満々に言うものだから、そんなものかと納得してしまう。
「ぐつぐつと煮込んで。最後にルーチェちゃん秘伝の隠し味よ!」
ポケットからチョコレートとキャラメルを取り出し鍋に投入する。
「ルーチェちゃん、食べる物持ってたの?わざわざ作ることなかったんじゃ……」
「まぁ、いいじゃない。キルトもアタシの手料理が食べれるんだから!」
これがきちんとした料理だったら、喜んだかもしれない。けど……。
「さぁ、出来上がりよ!食べましょ!」
お皿に分け、テーブルにつく。
「いただきます!」
「い、いただきます」
湯気と共に立ち上る匂いは……正直言ってあまり食欲をそそらない。しかし、予想していたものよりは何倍もマシだ。
ルーチェは無言のまま「さあ、早く食べて」と目で訴える。キルトは意を決し、スプーンを口へ運ぶ。
パクっ。
一瞬、全てが凍りついたかのような沈黙が流れる。
塩と砂糖の甘しょっぱい味付けの中で、牛乳にレモン、青葱、チョコレートに梅干し…全ての食材が戦っていた。
キルトの口の中には、ねちょねちょに溶けたキャラメルがセロリにへばりついている物体があった。
セロリ単品で食べるのも相当まずいと思っていたが、キャラメルと一緒に食べると更にまずいということが分かった。飲み込むことができず、口の中に物を残したまま抗議をする。
「る、ルーチェちゃん!これ…」
「美味しくて言葉にできない?」
にこにこしたまま、ルーチェもスプーンを動かす。口に含んだまま、表情が固まる。
「う……。お、美味しいじゃない。でもアタシ、お腹すいてないからキルトにあげるね」
ルーチェはそう言うと、皿をキルトの方に押し出す。キャラメルセロリをなんとか水で流し込んだキルトは反論に出る。
「えっ、ルーチェちゃんがお腹減ってるから作ったんでしょ?僕、いらないよぉ!」
「アタシの手料理を残すって言うの?ちゃんと食べてよ」
キルトは目に涙を浮かべながら、スプーンで皿の中身をかき回す。
カツンと固い大きなものに当たった。スプーンですくえない大きさなので、行儀が悪いと思いながらも手で摘む。
「ルーチェちゃん……お塩のフタ、取り出してなかったの?」
中から出てきたのはぐつぐつと煮込まれた塩のフタ。
「あ、忘れてたわ」
忘れてたで済まされないと思う。そんなキルトの思いなど気にも止めず、さぁもう一口食べてとルーチェが勧める。
もう一口、口に運んでみる。もしかしたら、今度は美味しいかもしれない。
……そんなはずはなかった。どう頑張ってもまずい。
「ルーチェちゃん、僕、もう食べれない……」
「キルトは男でしょ?ちゃんと食べないと、アタシを守れるくらい強くなれないんだから!いいわ、 アタシも責任を持ってちゃんと食べる。だから、キルトも食べてよ」
「うぅ……分かったよ、ルーチェちゃん」
二人して目に涙を浮かべながら、無言でスプーンを動かし、飲み込むという作業を繰り返す。
食べるということは楽しいことだけではないのかもしれない。幼いキルトは苦しみながら考えた。
「ただいま!キルト、ルーチェちゃん!遅くなってごめんね、お腹減ったでしょ?今ご飯をつく……え?二人とも何があったの?!」
数時間後に帰ってきたキルトの両親が見たのは、いつもは楽しい空気の流れる食卓のテーブルの周りで倒れこむ幼い二人の姿。
このことが、キルトのトラウマになったのは言うまでもなく。
2009,9,5
修正2010,8,11