夜になると不安でいてもたってもいられない焦燥感に駆られる。


 本当に、誰もいないのだな。

 本来は入ってはいけないとされる廃墟地区の片隅で、アルは思う。明かり一つなく、半壊したビルばかりが立ち並ぶ廃墟地区。
 煌々と輝く月と星達が眩しいくらいだ。

 空を仰いだときに、遠くの空が明るく見える。
 その下には何万という人が暮らしている。あんな雑然としている中でよく目的地に着けるものだと感心した。
 あの明かりの下で暮らす人達は、自分が今ここにいることすら夢に思わないのだろう。むしろ、廃墟地区を忘れている者の方が多いのかもしれない。

 きっと、この夜空の光に気付かないのだろうなと少し憐れになった。しかし、本当に憐れなのはどっちだろうか。


 そんなことを悶々と考えながら、煙草をくわえる。
 大人だと認めてもらいたくて始めたのだが、認めてもらいたいと思った人はその姿を見るたびに「身体に良くないよ」と悲しい顔をする。
 そんな顔を見たいわけじゃないのに、それでも続けてしまうのは中毒になっているからだろう。

「ニコチンか」
 己の身体を蝕む敵の名を口に出してみたけれど、それは酷く滑稽に思えた。

 いっそこのまま消えてみようか。
 煙をたっぷりと肺に入れながら思う。
 人が一人消えたところで、この広い世界は変わらずに回る。それどころか、気付きもしないだろう。

 死んだら身体は動物や虫にとって良い蛋白元になる。残った残骸や食べられて作られた糞はバクテリアに分解されて、無機物になる。無機物が植物の栄養となり、その植物が育って動物や虫の食料になる。
 たったそれだけの、生産者と消費者と分解者の連鎖に入るだけなのだ。

 しかし、一つ問題があった。周りはコンクリートで固められている。しかも野生動物らしき動物は野良猫くらいしかいない。これでは腐乱死体になるのがオチだ。
 自分が腐ってうじが沸くのを想像する。これはいただけない。

 一人苦笑をしていると背後から物音が聞こえる。
「アル?こんなところにいたのか」
 キョーイチだ。

「また煙草を吸っているのか?身体に悪いから止め……」
「うるさい!俺だってもう大人なんだ、何をやったって構わないじゃないか!」

 怒鳴ってしまってから、はっとする。こんなことを言いたかったわけじゃないのに。
 キョーイチが何か言いたげな悲哀の表情になるのは見ていられなかった。顔を背けて視界から外す。
 そんなことしかできない自分に腹が立って、いらいらが増す。

「そうだな、アルはもう大人だ」
 キョーイチのはっきりとした口調に、思わず訂正をしたくなる。大人になっても……例え血が繋がっていなくても、キョーイチの子供であり親友でありたい。

 正直に言えないでいると、キョーイチは隣りに来て空を仰ぐ。
「星が綺麗だ。あの都市部にいる人達は星なんか見ることもなく、毎日を生きているんだろうな」
 さっき考えていたことと一緒のことをキョーイチが言うのでドキッとする。

「……星なんか見なくたって生きていけるだろ」
「そうだね。だけど、どうせ生きているのなら、一つでも綺麗なものを見ていたいじゃないか」

「本当に憐れなのは、」

「ん?何か言ったかい?」
 答える代わりに踵を返し、研究所への道を戻る。
「ああ、そうだ。フィーがアルのことを帰ってこないと心配していたよ」
 キョーイチはアルの背中に声をかける。アルは無言で去っていった。


 アルを見送った恭一は、小さく一つため息をつく。
「心配されていることに気付けないうちは、まだ子供だよ。私も、あの年頃はあんなだったのかな……」

 キョーイチはアルが見ていた空を眺める。
 アルに対する贖罪の意識?それもあるかもしれない。

「でも、アルが大人になったって、アルは大切な子供に変わりないんだ。いつだって、何でも話してくれる親友でありたい」
 そう星達に話しかけてみるが、星は無言で瞬くだけだ。
 いつだってそう。答えてはくれない。けれど、それでも良かった。


「キョーイチの馬鹿……」

 恭一のいる場所から死角となる所にアルはいた。ひびの入った壁に体重を預けて寄りかかっている。
 しばらくの間じっとしていたが、ふと顔を上げると袖口で目頭を乱暴にこする。壁に預けていた体重を両足に戻すと、音を立てないようにフィーの待つ研究所へと歩みを進める。

 ……明日から、禁煙をしてみようかな。



2010,8,15
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