D.G:ShortLog2 | ナノ




 それでも


「X。私は、貴女を……。」


「だめ……!!」


拒絶を示す手に、私は怯んで立ち止まる。

できるだけ遠く、私との距離を保とうと懸命に伸ばされた細い腕は、彼女の必死さを表すのに不足はない。
拒絶対象である惨めな私は静かにうつ向いた。

私ひとりが淡い感情を抱き、浮かれていたのか……?
何て愚かな。


自己嫌悪と虚無感に支配される私の前で、彼女はゆっくりと崩れ落ちる。


「わ、私……。
こんなの初めてで……だから……。
リンクさんは、あまりに素敵だから!
そんなの、私が言ってもらっちゃ……」


意味を成さない言葉の羅列。

顔を覆い隠して震える指。

その隙間から見える頬や耳の赤みは、彼女の気持ちを表すにはあまりに十分。
再び2人の視線がぶつかった時、彼女はすでに、私の腕の中に捕らわれていた。


想いを言葉にすることが、どれほど難しいか。いや、この想いはどんな言葉を使っても言い表せないのだ。

それでも、彼女に伝えたかった。

私の腕の中で華奢な体を縮め、顔を赤くする彼女の耳元。
想いを全て詰め込んで、私はそっと囁いた。



「X。私は、貴女を………」









暗い部屋の中、あの日の言葉を呟く自身の声で目を覚ました。

薄汚れた天井は遠い。

もう一度、彼女の名を囁いた時、頬に冷たい雫が流れた。











生き別れた者を想う事と、
死に別れた者を想う事、
いったいどちらが辛いだろうか。


風の吹く丘の上。

未だ自由の利かない片足を引きずりながら木立の中に身を隠し、今日も私自身に問う。


遠くには私の墓碑と、その前にひとり佇む彼女が見えた。

彼女は泣くことも声を上げることもなく、幾日も幾日もここに来ては、小さな墓石をただ見つめていた。







いっそこのまま、任務も千年公との戦いも捨て、痛みも悲しみもないどこか遠くへ彼女を連れて行ってしまおうか。

何度となく頭を過ぎる無謀な計画。


しかしそれは、袖に忍ばせる乾いた護符の感触に幾度も打ち砕かれた。


かつて、脆弱であった私に力を与え自由を与えた黒い翼。
それが今、私を縛りつけ苦しめる。


折れた右足よりも、抉られた胸よりも、今はただ底知れず心が痛い。


丘の上の彼女の隣には、ルベリエ長官の姿が見えていた。





「場所を移します。もう、此処には戻れないと思いなさい。」


今朝、ルベリエ長官から告げられた言葉。

彼女の立つ丘に行けなくなる。何よりもそれを思った。

もう、彼女の姿すら見れない。
そう思うと、後の長官の言葉はなかなか耳に入らなかった。

短い言葉を2、3続け、長官は部屋を出られる。
そして、開けられた扉の向こう側から、再び私へと視線が戻された。

『此処を出るのは、夜。
貴方のその足でも十分にたどり着けますねぇ……

今から、私があの丘へ行くとしたら……
リンク監査官、貴方は何を望みますか?』





同じ痛みを、悲しみを、彼女も感じているのだろうか。

思考の端。
非情にも、そうであれば嬉しいと思う私がいた。


でも、それではいけない。
彼女には、笑っていて欲しいから。
だから、
彼女はすべてを忘れるといい。悲しみも痛みも、すべて。

守ろうと誓った彼女の笑顔を、私が殺すことは許されない。
だから、忘れて欲しい。


初めて出会った日。

2人で買い出しに出た街。

一緒に見た夜空。

伝え合った想い。

どうか、すべてを忘れて欲しい。


悲しみや痛みは、私の黒い翼に。
貴女との記憶は、私の心に。
余すことなく持って行く。
私が想い続ける。

そうすれば、
貴女はきっとまた、微笑むことができるだろうから。





ルベリエ長官と彼女の間に交わされた言葉を、私は聞くことができない。

それでもきっと、私のこの想いは、彼女に伝えて頂けただろうと思った。






長官が去られ、また彼女がただひとり、丘に立つ。

一際大きな風が私たちの間を吹き抜け、彼女の髪紐を攫う。
真っ青に広がる高い空へと吸い込まれたそれは、赤いリボン。


風になびく髪を抑えながら、彼女の唇がゆっくりと動く。

聞こえるはずもない音に、私はそっと耳を澄ませた。


それは、私の勝手な気の良い解釈かもしれない。
それでも、微かに聞こえた気がした。


音のない不確かな伝言。

私は、その返事をそっと風に託した。





ア イ シ テ イ マ ス 、

ア ナ タ ダ ケ ヲ













木立を抜ける途中で見つけた
枝に絡まる赤い紐。

それは、少し触れればするりと解ける。

開いた手のひらに収まった赤い紐。

それは、綺麗に私の小指を彩っていた。




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