謎の青年
目の前に小さいものが浮いている。
「大体、私の名前なんで知ってるの…。君は?」 『私はリッツ!名前ちゃんのしゅごキャラです!』
存在をすっかり忘れていたが、先ほど卵の中から飛び出した目の前でふわふわと浮いているこのリッツという妖精のようなものはしゅごキャラというらしい。 目の前でくるりと宙返りをしてニッコリ笑った。 なんだろう、しゅごキャラって。聞いたことがない。
「しゅごキャラってなに…?守護霊みたいなの?」 『守護霊…似てるけど違うかな。私は名前ちゃんのなりたい自分!』 「なりたい自分…ないけど」 『えーっ!そんなことないと思う!』
何だこの妖精、やけに生意気だ。私がないと言ったらないのだ。なりたい自分なんてどっちにしろ自分である。 イライラした態度が顔に出たのか一度妖精は私を見て怯えたがすぐに、最近何か強く願ったことはないか、と落ち着いた声で聞いてきた。 そう言われここ数日の自分の行動を思い出してみるが、そんな行動をした覚えは全くない。数日じゃなくもっと前のことか、と再び考え始めると耳元で声が響いた。
「しゅごキャラは心の迷いでもうまれることがある」
耳元で囁かれたことに驚き、声の主の方を見ると、さっき風船をとってくれたお兄さんの顔があった。暫くして顔を離したお兄さんの肩には、猫の妖精のようなものが乗っている。
「あー…月詠イクト。と、俺のしゅごキャラのヨル。お前の名前は?」
お兄さんは自分の名前とお兄さんの肩に乗っている妖精を紹介した。この流れで私も、と思ってハッとする。危ない、また流されるところだった。
「知らない人に教えませんよ」 「さっき知り合った」 「駄目です」 「ケチ」 「私たち初対面ですよね?」 『名前ちゃん!さっき助けてくれたんだから名前ぐらい教えたっていいでしょ!その態度は人として失礼だと思う!』
テンポのいい返しを繰り返しながら視線をずらすと、猫の妖精がにぼしを頬張りながらこちらをニコニコと見ていた。かわいい。
いや、そんな場合ではない。知らない人に名前を教えるなと小さいときにあれほど教わった。もはやそれは小学生の約束である。 月詠さんに名前を教えることを避けていたのに今、この妖精はなんと言った?
「ふーん、名前ね」 「この妖精め…!!大体あんたも人のこと言えてない!なんであんたに説教されなきゃいけないの!」 『あんた、じゃないよ!私にはリッツっていう立派な名前があるんだから!』 「うっさい!」
妖精と口論になっていると横から視線を感じた。お兄さんがジッとこちらを見ている。 …ああそうだ、今名前を。
「…月詠さん?さっきのは忘れていいですよ」 「名前、覚えちゃった」 「この年で覚えちゃったとか言うか普通…!」 『イクトー、もう帰ろうにゃ…おなかすいた…』
なんだか少し子供っぽいなと思いながら言い返す。 月詠さんのしゅごキャラのヨルがぽつりと呟き、それに小さくうなずいた月詠さんはくるりと向きを変えてスタスタと歩きはじめた。途中で一度こちらを振り向く。
「またな、名前」
顔の位置を進行方向に戻した月詠さんは片手をひらひらと振りながら去って行った。 ぼーっとそれを眺めていると空がさっきより大分暗くなっていたのがわかる。
そういえばさっき私、辺里君に時間いいところだから帰ろうって促したのに結局暗くなるまで家に帰れてない…!
「そうじゃん、辺里君から明日色々説明聞けるんだし今日はさっさと帰って寝よう。ってことで邪魔しないでね」 『えー!』
不思議な妖精の不満な声を軽く流しながら家へ向かった。冷蔵庫にお弁当あったかなあ。
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