「あんた昨日マイキー君と歩いてたよね?」

放課後、校舎裏、二つ上の女の先輩に呼び出し。
なんてありがちなコワイ展開なんだろう。こんな状況下でも怯まないほど私は強くなんてなくて、とりあえずどうしようと冷や汗を垂らしながら目を逸らした。

「おいっ聞いてんのかよ!」
「聞いてます、聞いてます!」
「どうにか言えよ!」
「えっと…確かに、歩いてました…マイキー君と」

そう言った途端、その名も知らぬ先輩は私の胸ぐらを掴んできて、さらに他の先輩が私の髪を引きちぎりそうな力で引っ張った。そして女とは思えないほど低い声で「どーゆー関係なんだよ」と聞いてくる。…えっ、なにこれ、怖い、この人レディースでも入ってるの?だから他校生のマイキー君のことも知ってるの?それともただ彼が有名人なだけ?

ガタガタと震え始めた顎。なんとか言葉を出そうとしてもうまく喋れない。そんな私を見て先輩たちは一層機嫌の悪そうな顔をした。

「おい、何やってんだよ」

数メートル離れたところから聞こえた声。振り向くとそこには千冬先輩がいた。私を囲んでた先輩たちは「ゲッ」と顔を硬らせた。

「コイツになんの用だよ。こんなことマイキー君に知られたらお前らタダじゃいらんねぇぞ?」
「……っ」
「分かったらとっとと行け!二度とコイツに近づくんじゃねぇぞ!!」

千冬先輩のドスの効いた声が響き、その先輩達は舌打ちしながら去っていった。…助かった。私は腰が抜けるかのようにその場に座り込むと、隣に千冬先輩もしゃがんだ。

「大丈夫?」
「はい…ありがとうございます」
「襟元ぐっしゃぐしゃ」

そう言って千冬先輩は私のシャツの襟元を正してくれた。ふわふわとした千冬先輩の髪が少し鼻を掠めた。

「話聞こえてきたけどさ…昨日マイキー君といたの?」
「はい、偶然渋谷でバッタリ会って少し一緒に歩いただけなんだけど…」
「怖えーなぁ女の嫉妬って。お前も言えばいーじゃん、じいちゃん同士が仲良くて昔からの知り合いなだけだって」
「そうだけど…でもそれ話したところで状況は変わりそうにもないと思って」

マイキー君は昔から知ってる二つ上のお兄ちゃんって感じ。勿論それ以上の感情なんてない。そして千冬先輩とはマイキー君や場地くん(場地くんはマイキー君の幼馴染だから昔から知り合いだった)経由で知り合って話すようになり、そして実は最近付き合い始めた仲なのだ。

「…マイキー君と時々会ったりしてんの?」
「え?いや全然。昨日も偶然会っただけで」
「そっか」
「千冬先輩…ごめんなさい。偶然とは言えマイキー君と二人で会ったこと、言うべきでしたよね…」
「…別に」

千冬先輩はそう言ってごろりと芝生の上に寝転んだ。…ちょっと怒らせちゃったかな。昨夜も言うべきか悩んだんだ、マイキー君に会ったこと。でもそんなこと言っても「だから?」とか言われても怖くて。それにまだ付き合って日も浅いから、いちいち私の日常を報告してウザがられないかなぁって不安で。

「千冬先輩…ごめんね?」
「あ?怒ってねぇよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。別に名前とマイキー君が何かあるとは思ってねぇし」

私達が付き合ってることを知ってるのは、共通の知り合いだと場地くんのみだった。マイキー君にも昨日初めて報告したんだけど、なんかすごーく喜んでくれていたし「千冬のことよろしくな」ってすごい笑顔で言われた。「アイツ不器用なとこあるけど優しいからさ」って。うん、そんなこと知ってるよマイキー君。私はそんな千冬先輩が好きになったんだから。

「先輩」
「んー?」
「ここ、頭乗せてくださいよ」
「…え?」

正座を崩して座っている自分の太腿を指差して言うと、千冬先輩は驚いた顔をした。

「えっいや…なんで?」
「んー、なんとなく?ちょっと千冬先輩に甘えて欲しいなぁなんて思って」
「年下のお前がそれ言う?」
「いいじゃないですか、そーゆーのも」

千冬先輩は少し顔を赤らめながらのそりと体を起こし、そっと私の足の上に頭を乗っけた。スカート越しにでもわかる千冬先輩の髪の毛の感触がくすぐったかった。

「昨日ね、マイキー君に千冬先輩と付き合ってるって報告しました」
「あ、話してなかったんだ?」
「はい。だから本当そんな連絡取り合うような仲じゃないんですって。それでね、マイキー君すごく喜んでましたよ」
「…そっか」

千冬先輩が嬉しそうにくしゃりと笑った。
私はこの笑顔が大好きだった。年上の男の子に言うのは失礼かもしれないけど、この笑った顔が可愛くってなんかキュンとしてしまう。人懐っこい猫みたいな、そんな笑顔。

千冬先輩の髪を撫でていると、先輩は気持ちよさそうに目を瞑った。これじゃあいよいよ本当に猫ちゃんみたいだ。自分にすごく懐いてくれる猫そのもの。

「…千冬先輩、こっち見て」

ゆっくりと目が開かれて、私と目が合う。青みがかった綺麗な瞳。その瞳に吸い込まれそうになり、思わずじぃっと見入ってしまった。するとゆっくりと千冬先輩の手が私の首の後ろに伸びてきて、千冬先輩も少し頭を上げて、そのまま私たちの唇が重なった。

びっくりした。こんな形で千冬先輩との初ちゅーを迎えるとは思ってなかったから。驚いた顔をしている私を見て千冬先輩は笑った。あ、満面の笑みじゃなくってこのうっすら笑った顔も、可愛くって好き。

「名前」
「な、なんですか」
「お前驚きすぎ」
「えっ!?」

千冬先輩はもう一度、さっきと同じように唇を合わせてきた。でもそれはさっきより長いキスで、いつまでこうしているんだろうって私はひたすらドキドキしていた。

千冬先輩は唇を離した後、体を起こして私の髪をくしゃりと撫でて、それから私の首元に腕を回して抱きついてきた。ちょっと顔をすりすりして来てるところが、やっぱり猫っぽい。

「千冬先輩って猫飼ってるって言ってましたっけ」
「うん」
「そっかぁ。だからかぁ」
「は?なにが」
「ううん、なんでもない。今度猫ちゃんに会わせてくださいね」
「…じゃあ今から来る?うち」
「えっいいんですか?」
「うん、いいよ。あ、でも待って場地さんと帰る約束してたから断りのメール入れないと」
「え、じゃあ場地くんもお誘いしましょうよ」

そう言うと千冬先輩は「お前なぁ…」と言いながら呆れたような、イラついたような顔をした。

「…お前にはもっと二人きりでいたいっつー気持ちねぇのかよ」
「……あり、ます」

ありますよ。あるに決まってるじゃないですか。
その時私は、千冬先輩の中で自分の存在が場地くんを上回れたのかな?ってちょっと嬉しくなったのだ。



先輩と後輩




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -