「オレ、結婚するわ」

久々に渋谷二中組で集まったら、まさかのパーちんの口から出てきたその言葉にビールを吹きそうになった。

「おまっ…まじ?え、あの付き合ってた幼馴染の子だよな?」
「そうに決まってんだろ」
「え?お前プロポーズしたの?指輪とか渡して?お前が?」
「わっわりーかよ!」
「パーちん馬鹿にすんじゃねぇぞ三ツ谷!頭ミジンコでもやるときゃやんだよ!」

ペーやんは一緒に働いているからか、もうその事実を知っていたらしい。いやでもあのパーだぜ?パーが結婚?オレらん中で一番乗りがパーってどゆこと?そりゃ金はあるけどさ…

その後酒にいい感じに酔ったパーちんは婚約者のことをたくさん惚気ていた。でもこんな幸せそうなパーの顔見るの初めてかもって思った。よっぽど彼女と結婚できるのが嬉しいんだろうな。うん、良かったな、パーちん。





「あ、おかえりタカちゃん。楽しかった?プチ同窓会」

そう言って出迎えてくれたのは風呂から出たばかりの名前だった。

名前とはここ数年付き合っていて、半年前から同棲している。勿論この歳で同棲するってことはオレも名前も行く行くは一緒になることを考えての事だったけど…アレだな、よく聞くけど同棲しちまうと逆に結婚のタイミング分からなくなる。いや、ほんとに。

「名前」
「ん?」
「お前はさぁ…」

結婚したい?

なんて…そんなことストレートに聞けねぇだろ。しかもしようぜ、じゃなくて、したい?なんてそんな聞き方ねえよな…。男らしくなすぎる…。

その後オレも風呂に入って、なんとか頭は冷えた。いや…落ち着けよオレ。いくらパーちんに先越されたからって、いくらパーちんが幸せそうだったからって焦る必要なんてねぇよ。オレ達にはオレ達のペースがあるんだから。

風呂から出てリビングに戻ると、名前は真剣な顔でスマホと睨めっこしていた。少し覗くと、そこにはキラキラと輝くアクセサリー達の写真が。

「…欲しいの?それ」
「わっ、びっくりした!…いや欲しいって言うか、可愛いなぁって見てて」
「どれ?」
「えっとー、これとこれとこれと…あとこれもー」
「ほぼ全部じゃん」
「だってここのブランドの全部ツボで」
「ふーん…」

そのページの端にBridal ringと書かれたメニューボタンがあった。へえ、ブライダルラインも出してんのか…

「…来月誕生日だろ。どれか買ってやるよ」
「えっいいよそれは!ここ結構高くて憧れのブランド的なとこだから…」

あ、ほんとだ…結構するな。でも憧れのブランドと聞き、こんな欲しそうに見ている彼女のことをスルーできない。仕方ない、今年は奮発してやるか…。

でもどうせなら、と妙なことを閃いたオレは名前から離れて自分のスマホで今のブランドの公式サイトを開き、ブライダルのページへ真っ先に飛んだ。…あ、この指輪可愛い。名前に似合いそう。……うん、けど値段が可愛くねぇな。いやでも婚約指輪としては普通か?カ○ティエとかだともっとするよな?てか相場っていくら?

検索バーに「結婚指輪 相場」と入力しているオレの背中に「タカちゃん慌てて何してんの?」と声をかけられたから、とりあえず検索サイトを閉じてなんでもねぇよと答えておいた。



翌日、表参道を歩いていると昨日名前が憧れだと言っていたあのブランドの路面店を見つけた。特にこの後クライアントとのアポも入っていないし時間もある…そう考えたら自然とその店へ足が向かっていた。高級感の中に少しフェミニンな要素が入った店内には昨日サイトで見たアクセサリー達が綺麗に並べられていた。

ショーケースの中には昨日名前に似合いそうだと思ったリングが。あー、やっぱいいなこれ。ほんと名前のイメージにぴったりだ。名前、これプレゼントされたら喜ぶよなぁきっと。めっちゃ驚くだろうけど、そんなアイツの顔も見てみたい。

「彼女さんに贈り物ですか?」

店員が柔らかい物腰でオレに尋ねてきた。

「えぇ…まぁ。結構するもんっスね、エンゲージリングって」
「そうですね、女性にとっては一生に一度の大切な物になりますから」
「…ですよね。あの、これって購入したらすぐ持って帰れるんですか?」
「いえ、こちらセミオーダーメイドになっておりますので、1ヶ月はお時間頂戴しております」
「1ヶ月!?」

え、やべぇじゃん。誕生日来月なのに…。
オレの焦る顔を見てか、店員は何日までに欲しいかとか、リングの内側に刻印はしたいか等を聞いてきた。名前の誕生日の日にちを伝えたら、明日中にリングのサイズを伝えればなんとか誕生日までには間に合わせてくれると言う。それを聞いた途端にオレの心は舞い上がり、自然とポケットに入れた財布へ手が伸びた。





「タカちゃん寝ないの?」
「えっ!?」
「帰り遅かった時はベッド入ると速攻寝るのに」
「あっいや…ちょっと興奮してて」
「興奮…?」
「あ、違う違う変な意味じゃなくて!あの、仕事でいい案件が入りそうでさ」
「へぇ、よかったじゃない」

なんて、嘘だけど。仕事で疲れてて本当は今にでも寝たいけど、オレは今日中にやり遂げないとならないミッションがある。そう、名前の薬指のサイズ測定だ。職業柄なんとなくウエストのサイズとかは目視で測れるようになって来たけど、指のサイズは専門外だ。全く検討がつかねぇ。店員さん曰く日本人女性の平均は8〜10号らしいがそれがどのくらいの細さなのかも分かんねぇ。

いつも通り名前はオレの手を握りながら眠り始めた。何度も睡魔に負けそうになったが、なんとか持ち堪えることができた。そっとベッドを抜け出し、用意しておいた糸とペンを持ち出し、名前を起こさない程度の灯りをつけて糸をそっと彼女の薬指に巻きつけた。途中名前が寝返りを打って、オレは驚いて「あ゛っ!」なんて声を出しちまって、名前の寝息がまた規則的になるまで息を殺しながら待って、何とか、本当に何とか測ることに成功した。

あー…ミッションコンプリートだ。駄目だもうまじ眠い。寝よう。





そして、名前の誕生日当日。本当にギリギリになったがその指輪を取りに行くことができた。現物を確認したが、デザインも頼んでいた刻印も問題ない。心配なのはサイズだけだ。女性は浮腫みとかで時間帯によっちゃ指輪が入りにくくなったりするらしい…おい大丈夫かよこれ。

受け取ったリングは紙袋ごと鞄に突っ込み、名前と待ち合わせしている場所へ向かった。シュミレーションは何度もしたし、ネットで色々体験談も読んだ。大丈夫、大丈夫だオレ。そんな緊張すんな。相手はいつも一緒にいるあの名前だ。落ち着けよ、オレ。ヘマすんなよ、オレ。



予約したホテルのレストラン。東京タワーがよく見える席でとお願いしておいた。名前は先に到着していてもう席に座っていた。いつもより少し着飾った服装と髪型の名前。最高に可愛い笑顔を向けてくれる名前。大丈夫だ。絶対に喜んでくれる。

「タカちゃん仕事お疲れ様ー。今ね、今日のおすすめのワイン教えてもらったんだけど、」
「名前、結婚しよう」

席に着くなりすぐさまそう言ったオレに、名前はポカンと口を開けた。

「…え?」
「あっ」
「…え、あっ、タカちゃん…?」
「…ごめん。なんか言うタイミング明らか間違ったわ……」

すると名前はフッと吹き出して、こんな高級レストランの中で結構な声で笑い始めた。
…いやオレ何やってんのマジで。あんっなにシュミレーションしたじゃん。デザートのタイミングで名前のバースデーケーキ出してもらってその時に渡すって。東京タワーが見える席で、しかも今日は天気も良好で環境はばっちり整っていたのに。名前に早く渡して名前の喜ぶ顔が見たいって気持ちが暴走したとか……まじないわ。

「タカちゃん、なんかミスったね!?」
「おー…」
「いいよタカちゃん最高だよ」
「バカにすんなよ…」
「してないよー。タカちゃんいつも大人で冷静なのに、たまに力入りすぎてミスしちゃうところが人間臭くて大好きだよ」
「そっか…」

その大好きという一言で、なんかもうこんかカッコ悪いミスすらどーでもよくなってくる。だって名前がこんな楽しそうに笑ってくれてるから。

オレはゆっくりと鞄にしまっておいた紙袋からリボンがかけられたから小さな箱を出して名前の目の前に置いた。

「もう一度言うけど…。名前、オレと結婚してくれませんか」

パカっと小さな音を立てて開けられたその箱の中にキラリと光るリング。それをそっと名前の薬指に嵌めた。きつくもなく緩くもなくスッと彼女の指に馴染んだその指輪を見て、名前はオレが想像したような眩しい笑顔で微笑んでくれた。



××に結婚指輪を渡すまで




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