(場地くんが生存している、ifのお話)



「見て圭介、女の子だって」

そう言って名前は嬉しそうに一枚の写真を見せてきた。どこをどう見たら女なのかちっともわからねぇ。その白黒写真の中の造形をなぞるようにペンで線が描かれているが、それでもどこがとのパーツなのかちっともわからねぇ。

「名前これ見て女だとか分かんのか?」
「え?全然」
「この先生が描いた線見たら分かんの?」
「うーん、それも微妙かな」

へらりと笑いながら言う名前は、今日も今日とて穏やかな顔をしている。

いま名前の腹ん中にはオレと名前の子供がいる。順番を間違ってしまったことは分かっている。おふくろにも散々怒鳴られて情けない!と罵られ、当たり前に名前の親父さんからも叱責を受けた。「まだ大して稼ぎもない若者がどうやって二人を守っていくんだ」と言われた時、どう返すのが正解か分からなかった。オレももうチーム入ってた頃みてぇなガキじゃねぇ。稼ぎがなきゃ生きていけないことぐらい分かっていた。それでも、名前とまだ見ぬ自分の子をこの手で守り抜きたいと強く思っている。


「悪かったな。健診間に合わなくって」
「んーん、仕事忙しかったんなら仕方ないよ」
「でもさ。オレもたまには見てみてぇんだよ、そのエコーとかいうやつ」
「そうだね。じゃあ次回は一緒に来てね」

名前はオレと全く正反対な性格をしていて、とにかく穏やかで、纏うオーラも柔らかい女だ。周りにも「どうしてこの二人が付き合えるんだ?」なんて言われるけど、正反対だからこそ惹かれ合うんだよ。オレのこの刺々しい性格も、名前の前では封印したくなる。そのくらいコイツには心穏やかにさせられるんだ。

「お散歩するのに気持ちいい季節になったね」
「だな」
「ちょっと遠回りして川の方回ってみようか」
「大丈夫か?そんな歩いて。腹張ったりしねぇ?」
「大丈夫大丈夫」

安定期とは言うけど、妊婦に安心できる期間はないと本に書いてあった。だからオレはどうしたってぐらい毎日名前の体を心配している。自分の体なんてどーでも良いけど、名前は今一つの命を体の中で守っている。心配にならないわけねぇじゃん、そんなの。

名前の歩幅に合わせ、一人で歩く時より数倍ゆっくり歩く。名前が転んだ時にすぐ支えられるように手も繋いで。名前がもうすぐ紅葉だね、と笑う横顔を見て自然と頬が緩んでしまうほど、オレはコイツに惚れていた。

「なぁ名前ー」
「んー?」
「結婚式、やっぱしてぇよなぁ?」
「それはもういいって言ったじゃん。私もこんなお腹だし、お金もないし」

若いカップルのデキ婚となりゃ当然金はないし、突然の妊娠でてんやわんやしていたから結婚式の準備なんてできるはずもなかった。勿論、新婚旅行なんてのも行けない。でも名前だって夢見ているはずだ。純白のウェディングドレスを着ることも、ハネムーンで海の綺麗なリゾート地に行くことも。そんな女としての普通の夢を、オレは何一つ叶えてやれていない。

だから、せめて

「名前、目ェ瞑って」

なんで?と鈴を転がすような声で返してきた名前は、オレに促されるまま目を閉じた。名前はこの展開を想像できているかな。それとも本当に想定外で驚いてくれるかな。

「……圭介、これって」
「目開けていいぞ」

そっと名前の左手を離すと同時に名前は目を開け、左の薬指に光るそれを見つめ笑顔になった。


「色々順番間違えちまったけど…でも時期が早くなっただけでいずれお前とはこうなりたいってずっとずっと思ってた。こんなに好きになった女も、オレを好きになってくれた女も名前以外いない。だからお前のことも、腹の中にいる子供も、オレが全力で守る。一生そばで支える。
名前、オレと…結婚してください」

高い一流ブランドの指輪なんて買えなかった。今後子供を育てるために金はちゃんと残しておきたかったから。でも名前に、自分の嫁に、結婚指輪の一つも買えないような男ではいたくなかった。

名前は嬉しそうに笑っていた。何度も何度もオレが嵌めた指輪を見ながら笑っていた。その顔を見て、改めてコイツは一生守るって心に誓った。

「ありがとう、圭介。すごく嬉しい」
「あんま高いのじゃねぇけどな」
「でも嬉しい。なんか夫婦への第一歩って感じ」

婚姻届もまだ出せてなかった。どうせなら来週の交際記念日に入籍しようって前から決めていたからだ。その日までに指輪が間に合って良かった。

「圭介の指輪もあるの?」
「あーあるよ、ほらこれ」
「つけてあげる」

ペアで売られていたマリッジリング。正直自分の分はいらねーって思ったけど、なんとなく名前が悲しむ気がしたから買っておいた。お揃いのデザインのそれを名前はオレの左薬指に嵌めて、また目尻を下げて笑った。

「写真撮ろっか」
「あ?」
「そんな怖い声出すと娘に嫌われるよ?」
「……気をつけるわ」

名前がスマホを出してインカメラにし、こっちに画面を向けてきた。どうせだから指輪も見えるようにと言われ、よくテレビで見るような小っ恥ずかしいポーズをさせられた。左手を出し、指輪が見えるように画面に収めると名前はシャッターボタンを押した。

「楽しいね」
「なら良かったよ」
「圭介はきっといい旦那さんにもパパにもなるよ」
「そーかぁ?」
「うん。絶対家族想いだよ」
「家族想いっつーか、お前が大切なだけなんだよ」

もちろんお前もな、と名前の膨らんだ腹を撫でながら言った。これからは守るべき女が二人に増えた。名前がおっとりしているから娘も似て欲しいが、娘は父親に似やすいと聞くから困る。「間違えてもオレみてぇな女になるなよ」と腹に手を当てながら話しかけると、ぴくりと振動を感じた。

「…動いた!なぁコイツ言葉分かるんじゃね!?」
「んー?そうかもねぇ」
「天才だな、絶対ェ」
「圭介は親バカになるねこりゃ」
「親バカの何が悪い。幸せなことだぜ?」

名前の肩に腕を回しながら、川沿いの道を再び歩き始める。キラリと光る薬指のプラチナがまるでオレ達の未来を予兆しているように輝いている。きっと、いや絶対に、オレ達の未来は明るいんだと。


「一生離さねえから覚悟しとけよ名前」
「うん。圭介もね」



××に結婚指輪を渡すまで




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -