「あ」

帰ってきたテストの点数がタケミっちより悪くて馬鹿にされてくっそ不愉快な気分にされた月曜の放課後、雨が降り始めた。あれ、今日雨降るなんて言ってたっけ。降る日はいつも母ちゃんが朝教えてくれるのに。でも周りを見ていると傘立てから傘を取っていたり、鞄から折り畳み出していたり。どうやら朝天気予報ではそう言っていたらしい。あーくそっ、母ちゃんにすら不愉快な気分にさせられた。イライラするな畜生。


「あ、千冬くんだ」

そんな雨雲のように曇ったオレの気持ちを、すっと晴れさせてくれたこの声。聞き慣れているのに、何度聞いても胸が高鳴ってしまうこの声。

「名前さん…」
「やっほー、何してんの?」
「あ、いや、雨だなって」
「そーだねえ」

名前さんはそう言って、昇降口の傘立てから傘を取り出した。

「やっぱ今日雨予報でした?」
「うん、夕方から降るって言ってたよ」
「マジか…なんで言ってくんなかったんだよ母ちゃん」
「おいおーい、高校生にもなってそこお母さんのせいにするー?」

他の奴に言われたら間違いなくガンつけてた。でも名前さんに言われたとなると、「そうですよね」としか言えない。いや、ほんとに、名前さんの言うことが尤もなんだけど。

名前さんは持っていた傘を開いた。淡い水色のチェック柄の傘で、一目見て名前さんに似合う傘だなって思った。

「…入らないの?」
「……えっ?」
「いやだってこの流れ…流石にこのままきみを置いていけないというか」
「いいんスか?」
「駅までね。特別だよ?」

あ、やばい。今の「特別だよ?」は破壊力やばかった。

名前さんに礼を言って、傘に入れてもらった。女性用の、柄が細くて小さめの傘。二人で入るには少し窮屈だったけど、でもそれが逆に嬉しかった。

「…名前さん、傘オレ持ちますから」
「え、いーよ、自分の傘だし」
「いや、その有難いんスけど、頭に傘が当っちゃうんで…」
「あ…そっかごめん。じゃあお願い」

小柄な名前さんから傘を渡され自分で持つと、ようやく頭のてっぺんが傘に当たらなくなった。名前さんがオレを見上げて「うん、これで頭大丈夫だね」って見上げてきて、その動作だけでオレの顔は赤くなりそうだった。いつもは社会科準備室のテーブルに向かい合わせに座って喋っている。だからこんな隣に、こんな至近距離に名前さんを連れて歩いたことなんてなかったから。

学校から最寄駅までは徒歩10分。普段はその10分すら歩くのウザったかったけど、今日はなんで10分なんてすぐの距離に駅あんだよって、駅に文句言いたくなった。

「名前さん、濡れてませんか」
「んー?大丈夫だよ」
「肩に雨当たってますよ」
「まあ多少は仕方ないでしょ」
「…もっと、寄ってください」

名前さんの肩を抱いて自分の方に少し寄せた。ほんの少し寄せたつもりだったけど、名前さんの体は思いの外寄ってきて、少しバランスを崩してオレの方に倒れかかってきた。勿論そんくらいじゃオレの体は倒れはしないけど。

「ビックリした…大丈夫っすか?」
「ち、千冬くんが変なことするから…」
「変なことって、ちょっとこっち寄ってって肩抱いただけじゃないですか」
「いやいや…だけじゃないですかってきみ…」

名前さんはオレのシャツを掴んだまま顔を真っ赤にしていた。反則だろこれ。なんのサービスだよ。

「千冬くん思ってたより体がっちりしてるね」
「まぁ…中学んときはヤンチャしてて鍛えてたんで」
「え?ヤンチャって?」
「…つか今日の名前さんまじズルいっスよ!なんなんですか!?」
「え?何が?」
「傘入れてくれたり距離近かったりオレの体に倒れてきてそのまま顔赤らめたり!」
「え?」
「名前さん…オレの気持ち知ってて全部やってるんですよね?」

忘れられちゃ困る。オレがあなたにキスしたこと。告ったこと。その後もいつも通り接してくれている名前さんに感謝はしているが、オレの気持ちは忘れないでほしい。

雨粒が強くなってきて、オレらの沈黙を掻き消すかのように強い勢いで傘に打ちつける。名前さんは困った顔をしたまま俯いてしまった。あーダメだ、こんな顔、させたかったわけじゃねぇのに。


「…すいません、変なこと言って」
「私、千冬くんが濡れて帰ったら可哀想だから傘に入れたんだけど…」
「はい」
「でも千冬くん以外の男子だったら相合傘なんてするの恥ずかしくって無理だったかも」
「…え?」
「はい!もうこの話題終わり!帰りましょう!」

名前さんはずっと掴んでいたオレのシャツを離した。急に歩き始めるからオレは慌てて彼女を追いかける。そして名前さんが雨に濡れないように、傘を少し斜めにして彼女の隣に立った。

暫く歩いていると気づいた。あれ、名前さんの肩さっきより濡れてないかもって。それって気のせいじゃなかったらさっきよりも名前さんとオレの距離が近づいてるからかもって。現にさっきから腕とか肩とか、すげぇぶつかるし。ぶつかるところがやたら温かくなるし。

…うん、やっぱいいわこの人。絶対ぇオレのもんにしたいって改めて思った。

「名前さん」
「んー?」
「また傘忘れるんで、入れてくださいね」
「え?わざと忘れるつもり?」
「はい。また名前さんとこーやって帰りたいんで」

明らかに迷惑そうな顔をされたけど、オレはまた名前さんの肩を掴んで自分の方に寄せた。「別にもう肩濡れてないよ!」なんて怒られたけど、濡れてなくたって触りたくなったんだから別にいーじゃん。そんくらいで怒ってないで、早く自然と肩掴むくらいの関係にさせてくださいよ、名前さん。



相合傘




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