「名前余所見すんな、集中しろ」

人気のない非常階段、私の背後にある壁に手をつけて逃げられないようにしたまま何度も何度も唇を重ねてくるのは私の恋人である沖田先輩だ。

集中しろと言われても…誰か来たらどうしようって気になるし、何よりそろそろ会議の時間だ。下手したらそろそろ上司が私を探しにここに来ることも……


「おい…テメーら社内で何やってやがる」

予感的中。低い声と煙草の香り、眉間に皺を寄せてドアを開けてきたのは私の上司、土方さんだった。

「名字、お前会議の日時変更になったの分かってんだろ?いま何時だと思ってやがる」
「はっはい!」
「いやそれよりお前だ、総悟。業務時間中に盛ってんな」
「業務時間中に喫煙室に何分間も篭ってる人に言われたからねーでさァ」
「あ?お前の今やってることは完っ全に社内の風紀を乱してんだよ!」

沖田先輩と土方さんは入社前からの知り合いらしいがとにかく仲が悪い…。私と付き合ってからはより一層二人の関係が悪くなっている気がする。沖田先輩は私が土方さんの直属上司で常に彼の元で仕事しているのが気に食わず、土方さんはこうやって時々私を業務時間中に連れ出すことに頭を抱えていた。

「兎に角、名字はもう行くぞ!資料は出来上がってんだろうな?」
「もっ勿論です!」
「つーかありえねー、もう定時になるって時間から会議始めるとか。そちらの部署どうなってんでさァ」

ドアに手を掛けた土方さんがギロりと沖田先輩を睨みつけた。…やだなぁ。またバチバチし始めた。慣れてるとは言え、上司と彼氏の言い争いなんて聞きたくない。

「そっちの部署は業務時間中にこうやって抜け出してる奴がいても回るなんて相当暇みてぇだなぁ総悟」
「えぇ、俺仕事早ェんで、誰かさんと違って」
「ほーぉ、てめぇんとこの部署でやり切れなかった分をうちが処理してかんっぺきな状態にしてクライアントに出してんのは知らねぇのか?」
「ああ、うちが大した案件じゃないと判断したもの、そちらで捌いてくれてたんですか。そりゃご苦労なこった」

またくだらない業務内容についての喧嘩だ。別にどっちの部署だって社内でエースが集まるところだって言うのに…。私は溜息を吐きながら左腕につけている腕時計を土方さんの前に突き出した。

「土方さん、本当にそろそろ時間です」
「やべっ!おい総悟、てめぇもこんなとこで油売ってねぇでやることやっとけ」

土方さんの背中を押してドアを出ようとすると、沖田先輩が名前、と低い声で私を呼んだ。

「今日帰り遅くなんだろ?」
「あ、はい…恐らく」
「気分悪くなったし今日は先帰っから」
「はい、お疲れ様でした…」

スッと私の横を抜けて沖田先輩はドアから出て行った。本当は今日定時で上がれそうだからデートでもしようかって話していた。なのに急遽、部長の都合で会議が今日の定時頃に変更されてしまったのだ。それを沖田先輩に伝えたら「非常階段に来い」とメッセージが来て、言われたとおり来てみたらいわゆる「社内の風紀を乱す行動」をされてしまったのだ。

本当は久しぶりに私もデートしたかったのになぁ。お互い忙しい部署に所属しているからなかなか上手く時間が合わないのだ。来週は行けるかなと考えながら作成しておいた資料を持って、土方さんと会議室に向かった。







「お疲れさん」

定時もとっくに過ぎた時間、会社のビルを出ると外のカフェに座っている沖田先輩がいた。

「…え?帰ったんじゃ」
「なんか、帰る気分じゃなかった」

コートとマフラーをしているとは言え、真冬と言われるシーズンにカフェの外の席で待ってるなんて…。鼻と指先が赤くなっている沖田先輩を見て、すぐさま駆け寄って手を握った。

「店内で待っててくださいよ!凍死しますよ」
「するかよ」
「でも…」
「会議、どーだった?」
「あ、滞りなく進められました」
「ふーん…」

先輩はもう冷え切ったカップを手の中で回しながらつまらなそうに答えた。そして溜息を吐きながらテーブルに頭を伏せた。どうしました?って聞くと私の手を握りながら先輩は口を開いた。

「名前がこんな時間まで土方といるとか面白くねェ」
「……え?」
「つか普段も席隣だろ?ありえねぇでさァ、オレよりアイツの方が名前といる時間長ェとか」
「でもそれは仕事で」
「分かってんでィ、そんなこと…。分かってんだけどさぁー…」

沖田先輩はがばっと顔を上げた途端、私の手を引っ張りキスをしてきた。こんな時間とは言え、会社のすぐ横でこんなことするなんて…これこそ人に見られたらどうしよう。

「おき、」
「お前俺の部署に異動して来いよ」
「いやいや…無理でしょ」
「近藤さんに言ったらなんとかなるかも」
「えぇー、あの人人事に関わってますっけ?」
「しらね。ゴリラの人事には関わってそうだけど」

思わず声を出して笑ってしまった。ゴリラの人事ってなに!ゴリラうちの会社にいないし、何よらゴリラだったら“人”事じゃないじゃない。

笑いまくる私につられてか、沖田先輩も目尻を下げた。そして冷え切ったカップの中身を飲み干してそこのゴミ箱に投げ捨てた。

「帰るか」
「はい」
「今日泊まってけよ」
「えっ、お泊まりグッズなんも持ってないです!」
「じゃー買うか。つかもうそーゆーのウチに置いときゃいいんでィ」
「…はい」
「そんでもう毎日俺んちから通え。朝も夜も名前の顔見ねぇと気が済まねーから」
「…えっ、と……」
「はいって言わなきゃ監禁するぞ」
「えぇ!怖っ!」

沖田先輩のキンキンに冷え切った手を取って、ゆっくり帰路に立つ。監禁とかこの人なら本当にやりかねないけど、私といつも一緒にいたいって気持ちは伝わりましたよ?私も一緒の気持ちですから。だから小さな声で「はい」と呟くと、先輩は「返事遅ぇーよ)って言いながら私の頬に口付けた。


先輩と後輩




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