05


 
「こんばんは、名前ちゃん」

退勤して、従業員用出入り口からお店を出たところで私を待ち構えていたのは、いかにも高級ですって感じの外車に乗った蘭さんだった。

「仕事お疲れ様」
「あ、お疲れ様です…って、え?もしかして私のこと待ってました?」
「うん」
「なら連絡してくださいよぉ」
「連絡したら逃げられちゃうと思って。だから待ち伏せた」

にっこりと笑いながら言ってるけど、やっぱりこの人笑ってるようで笑ってないよなぁ。とりあえず今回もここは得意の営業スマイルで「そんなあ〜逃げませんよぉ」と交わしておく。

「晩メシまだだよね?食いに行こうよ」
「えっ」
「いーもん食わせてやるよ?」

正直この人には関わりたくなかった。一応お客さんだし、プライベートまで関わり持つのはちょっと。それに春千夜にも関わるなって言われたし……

いや待てけどさ、私にあんな酷いことして放置してそのまま連絡の一つも入れてこないバカ千夜の言うことなんて聞くことなくない?あれさ、どれだけ屈辱的だったと思う?恥を忍んであんなことしたのに「自分でやれ」ってさぁ。女としてかなり屈辱だったよ?思い出すだけでイライラする。

「わぁい、じゃあ美味しいとこ連れてってくださーい」

バカ千夜め。お前の言うことなんて聞いてたまるか!







「…蘭さん?ここってレストラン…?」
「じゃないよ」
「ですよねぇ。あ、ホテル?この中にあるレストランにでも行くんですか?」
「違うよ。はい、どうぞ入って」

エレベーターのドアを押さえながら蘭さんは私に入るよう促した。素晴らしいレディーファースト精神に頭が上がらない。蘭さんはエレベーターの中にあるめっちゃ多いボタンの中から一番大きい数字のものをポチッと押した。こんなにボタンが多いエレベーター、初めてなんですけど。

「どうぞ入って」

エレベーターを降りてから蘭さんが鍵を解除して開けたドアの向こう。これは…ホテルって言うより……

「ここは、ご自宅、ですか?」
「ん?そうだよ」
「え?ご飯は?」
「名前ちゃん寿司がいいって言ってたから、寿司職人呼んだよ。もうすぐ着くから中で寛いで待ってて」
「…お家に、呼ぶんですか」
「うん。その方が楽じゃん?」

いやいやいや。どこから突っ込んでいいのやら。ホテルとは違いそうとは思ったけど、ここめっちゃ高そうなタワマンだったのか。しかも最上階だったよね?中に入ると東京の夜景が一望できるような大きな窓。30畳は確実にあるであろうリビング。きらっきらの大理石のキッチン。明らかに高級そうな輸入家具。……ホストってこんなに儲かるの!?

「蘭さんってもしかしてアレですか、ナンバーワン的な…?」
「ん?ナンバー?オレそんなんないよ。三途はナンバー2だけど」
「えっ!?アイツが!?」
「信じられないっしょ」
「えぇ…じゃあ春千夜はここよりもっとすごいとこ住んでるんですか…!?」
「さぁ?アイツんちがどうとか知らねぇなぁ。まあでもこんな感じなんじゃない?」

春千夜もこれと同等レベルのところに住んでるというのか…。信じられないよ、本当に。あんな性格だけど、頑張ってナンバー2まで登り詰めたのかなぁ。

「蘭さんここで一人で住んでるんですか?」
「弟とだよ」
「へーそうなんですか。今日弟さんは?」
「帰ってくんなって言っておいたからいないよ。安心して」

また蘭さんお得意の笑ってるようで笑ってない笑顔。安心してって、一体何に安心しろと言うのか。春千夜への反発心から着いてきちゃったけど、家に連れてこられたってことはそれ相応の覚悟が必要だということを思い出す。

「お。寿司屋来たよ。なんでも好きなもん注文して食ってね」

エントランスのインターホンが鳴って板前さんの姿を確認した蘭さんはロックを解除した。そのあとエレベーター前と、それからフロアに入る前と、玄関に入る前と、つまり合計4回インターホンが鳴ってから高級出張寿司屋さんは部屋にたどり着いた。

初めて食べる高級出張寿司というものは、とてつもなく贅沢な味がした。目の前で握ってもらったネタはどれも新鮮で口の中でとろけて、何貫でもいけちゃう。蘭さんもそんな私をみて「どんどん食べて」と言ってくれるが、この間食べ過ぎて吐いたことを思い出し腹八分目に留めておいた。さすがに蘭さんの前で嘔吐する勇気はない。


「名前ちゃんが満足そうで良かった」
「いやっもう満足どころか、私の人生で一番美味しい食事でした…!」
「日本酒も美味しいでしょ?」
「はいっ!もう全てが最高です!」

普段あまり飲まない日本酒。なるほど。通の人はこうやってお寿司と共に楽しむものなのか。ぐいっと飲み干すと蘭さんが速攻また注いでくれる。今日も今日とてお酒がぐいぐい進む。ほんと、いくら飲んでも記憶を無くさずにいられる体に生んでくれた親に感謝だ。

「名前ちゃんさぁ、この間三途と会った?」
「え、どうしてご存知なんですか?」
「んー、なんとなく?あいつの機嫌とか見て」
「機嫌良かったんですか?」
「ううん、最悪だった」
「あっ、そうでしたかぁ…。ちっ、ほんとムカつく奴だな」
「なんかあったの?けんか?」
「けんかというか…」
「オレでよければ聞くよ?愚痴は吐き出すのが一番じゃん」
「……蘭さんっ聞いてくださいよあのバカ千夜がね…!」

そして私はグイグイと日本酒を進めながら、数日前にあったあの出来事を蘭さんに話した。蘭さんはうんうんと頷きながら話を聞いてくれた。そして一通り話したあと彼が放った言葉は「へーそれはムカついたねえ」っという感情のこもってない一言だった。しかし酒が相当回ってきたのか、そんな彼の態度すら気にならない。

「そう!もうほんっとムカついたの!あの状況で女放置するってあります!?」
「ないよねぇ〜。アイツちんこついてないんじゃねーの?」
「えっ!それはついてますよ絶対!」
「見たの?」

見たって…10年くらい前だけど。あれから春千夜がなにか変な手術を受けていなければあのままなハズだけど。でもそのへんの話はこの人にすべきじゃないって、そこの理性はまだ働いていた。蘭さんは自分の問いに答えない私をじぃっと見ている。

「見てはないですよ。ていうか!アイツほんっとに仕事で上手くやれてるんですか!?」
「ん?やれてるよ。結構スマートに仕事するもんだよ?」
「うっわ信じらんない…オンとオフの顔使い分けてやがる」
「名前ちゃん口悪くなってきてるよ」
「うん…そうかも…」

飲み慣れない日本酒と食べ慣れない高級寿司のせいか、頭がぐわんぐわんしてきた。蘭さんがまた日本酒を注ごうとするから「もういいです」と断った。蘭さんはくすりと笑った後「冷蔵庫に水入ってるから取ってきなよ」と言う。フラフラの足取りで冷蔵庫に向かい中を開けてミネラルウォーターのボトルを一本頂戴した。こんなでっかい冷蔵庫なのに、中に水とお酒しか入ってない…。

「蘭さん…」
「ん?」
「開かない…開けて」
「あぁ貸して。てかこっち移動しなよ」

力が入らないのか、高級なペットボトルは蓋が硬いもんなのか、よく分からないけど自分で蓋を捻れなかった。蘭さんはダイニングテーブルからソファに移動し、私にも座るよう促した。座ってみるとめちゃくちゃ高級な座り心地。もう何回高級って言ってんのか分かんないけど、ここにあるものは全て私の生活の中にあるものとはかけ離れていた。

「はい開けたよ。大丈夫?」
「大丈夫です…自慢じゃないけどお酒は強いんで…」
「へぇー。あ、飲んだ?貸して、蓋閉めてあげる」

ペットボトルの蓋ぐらい閉められるよ…と思ったけど、もしかして蘭さんはこの高級そうなソファに私が水溢すのを恐れたのかな。ペットボトルと蓋を渡すとしっかり硬めに閉めていた。あ、この水、普通にコンビニに売ってる一本100円のやつじゃん。全然高級なペットボトルじゃなかったわ。

「よし、名前ちゃん」

ペットボトルをサイドテーブルに置いた蘭さんは隣に座る私の体を持ち上げ、自分の膝の上に座らせた。見かけによらず力持ちなところに驚く。

「この間三途とできなかったこと、オレとしよう」

あぁ、やっぱ、そうなるか。

「…春千夜に殺される」
「まだアイツのこと気にしてんの?あんなムカついてたのに?」
「……」
「大丈夫だって。オレ絶対アイツに言わねぇから」
「うん…」
「名前ちゃんだってもう我慢すんの嫌だろ?」
「うん…」
「ははっ。可愛いね、名前ちゃん」

蘭さんの顔がゆっくり近づいてきて、ねっとりと唇を重ねてきて、じっとりと歯列をなぞられた。日本酒の味が蘭さんの舌を通して口内に広がる。なんだかまたお酒飲んでるような気分。

「どう?気持ち良くなっちゃった?」
「うん…」
「じゃあ次は名前ちゃんが前にいやらしい想像しちゃったこの長ぁい指で気持ち良くしてあげるね」
「そんな想像してないです…」
「いやしてたっしょ、ネイルした時」
「してませんしてません」
「ははっ、ウケる。ソファとベッド、どっちがいい?」
「ベッド……そのままもう寝たい」
「も少し楽しんでから寝ような」

蘭さんは私の体を抱き抱えてソファから立ち上がって寝室に移動した。私を優しく下ろしてくれたこのベッドのサイズはダブルかなあ、クイーンかなあとどうでもいいことを考えるのが、今の私の頭では精一杯だった。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -