安らぎと誘惑の訪れ


目を開けると見慣れない家具、壁、カーテン。そしてその先に目に写ったのは、見慣れた男性が見慣れないゆるっとしたスウェットを着てマグカップを持つ姿。


「み、つや、くん」
「起きたか」
「…は?ここって…」
「オレんち」
「……えっ!?うそ」
「大丈夫大丈夫。なんっもしてねぇから」

マグカップを握ってない方の手を挙げて、三ツ谷くんはそう言った。何もしてない、とは言えいい歳の男女が一夜を共にしたのにそんなことって……あるの?そのへんを語るには私はあまりにも恋愛経験が浅いからよく分からない。でも昨日の服のままの自分を見て、たぶん三ツ谷くんの言ってることに嘘はなさそうだ。

「お前店でわんわん泣いた後気絶したように寝たんだよ」
「えー…そうだっけ…」
「酒も入ってたからか起きねぇし、お前んち知らねぇしでどーしようかと思ったけどさ。とりあえずオレんち連れてきた。ほんとに神に誓ってなんもしてねぇからな」
「うん…分かってます……あの、多大なるご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません…」
「おーほんとにな。運ぶの重かったし」
「…申し訳ありません」
「嘘だよばーか。体調とかどう?頭痛かったら薬とかあるけど」
「大丈夫…」

正直頭は痛かった。普段飲まないお酒を飲んだからか、それとも号泣したからか。でもまぁいずれにせよ薬飲むほどではないと判断し、ゆっくりとベッドから体を起こす。

「三ツ谷くんはどこで寝たの?」
「カーペットの上で」
「うわ…まじでごめん…」
「いーよ別に」
「良くないでしょ、家主を床で寝かせたことにも気づかずベッドで爆睡とか…。あーもう、三ツ谷くんにこんなことさせたって場地くんが知ったら…」

……あれ。何を、言ってるんだ私は。場地くんが知るわけないのに。彼は12年前に亡くなってるのに。なに最近亡くなったかのように、うっかり彼の名前を出しちゃってるんだ。


「名前、お前さぁ」
「ごめん、忘れて。なんか三ツ谷くんといると…あの頃の感覚になっちゃうのかな…、なんかおかしいよね私、昨日から。ごめんね、本当に。もう帰るね。ちゃんと今回の御礼は改めてさせてもらいます」

ベッドの下に転がっていた自分のバッグを荒々しく掴む。急に動いた反動か、体がよろめきズキンと頭も痛くなった。三ツ谷くんは私の体を支えて、落ち着けよって再び私をベットに座らせた。

「ゆっくりしてけよ。オレ今日なんも用事ねぇし」
「いやいやそんな…」
「名前さぁ。オレの前では無理すんなよ。今みたいにさ、場地の名前うっかり出したぐらいでそんな顔色変えなくていいよ」
「…なんで?」
「昨日号泣してるお前見て分かった。場地の死の直後はよく泣いたんだろうけどさ、ここ何年間はずっと泣けてなかったんだろ。もう何年も経ってるんだしって自分を抑えて泣けてなかったんだろ」
「どうして、分かるの…?」
「昨日の泣きっぷりで。場地くん場地くんって泣きながら何回も言ってた。まるでつい昨日アイツが亡くなったみてぇな泣き方だった。だからさ、無理して忘れようとか乗り越えようとか意識すんなよ。昔からお前と場地のこと見てきたオレの前ではさ、素の自分でいればいいじゃん」

そう言って微笑んでくれる三ツ谷くんの表情と言葉に、肩の力が一気に抜けた。そっか、私、無理せずにいられる場所、あったんだ。そういう場所があっても良かったんだ。

「三ツ谷くん、ありがとう」
「うん」
「いつの間にこんな頼りになる子になっちゃってたの?」
「お前が気づかなかっただけで昔からオレはこうなの。ほんっとに、場地以外に目向けてねぇんだな」
「そうかもねぇ」
「目向けてみりゃさ、名前が昨日言ってた場地以上に好きになれる人…案外近くにいんじゃねーの?」
「そっか…そうかもしれないよね」
「…うん」
「ふふっ。なんかホッとしたら喉乾いちゃった。それコーヒー?一口ちょうだい」
「飲みかけだけど」
「いいよ。あっ…三ツ谷くんが気にしないなら」
「…うん、いいよ」

渡されたマグカップの中には温くなったコーヒー。飲みやすい温度のそれがカラカラだった喉をじわりと潤してくれた。たくさん泣いて身体中の水分が抜け切ったのかな。なんだか皮膚も乾いている感じがする。でもこの感じ、嫌いじゃない。涙を流してリセットされた感じがして。

三ツ谷くんにマグカップを返すと、「ほとんど飲みやがったな」って少し嫌な顔をされた。あ。このイヤミ言ってくる感じ、場地くんに似てる。昨日まではこうやっていちいち場地くんのことを思い出す自分が嫌だった。変えたかった。でも三ツ谷くんの前では、もうそんなこと考えなくていいって思えるだけで、私の気分は軽かった。ありがとう三ツ谷くん。きみは場地くんが繋いでくれた、最高の縁だね。



back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -