だってきっと焼き餅だから



「名前さん明るくなりましたね」

双悪にらーめんを食べているとき千冬くんが私に言ってきたその言葉に、カウンターの向こうにいるスマイリーくんも頷いた。

「それオレも思った」
「ですよね。ちょっと昔の名前さんに戻った感ありますよ」
「ほんと?」
「なに、名前お前男できたの?」
「えっ!マジっスか名前さん!?」

食い入るように千冬くんが身を乗り出して聞いてくる。そっか、私少し明るくなったか。どこか暗い表情をしてたって言ってた千冬くんが言うんだから、間違いなく変わったのだろう。でもそれはきっとスマイリーくんが期待してるような色恋沙汰のせいじゃない。

「男なんてできてないよ。ただちょっと心のモヤモヤが晴れたと言うか…スッキリできたことがあったから」

フーンとスマイリーくんはつまらなそうに言って、千冬くんは「彼氏できたら絶対教えてくださいよ」と言った。もしかしたらいつか、三ツ谷くんと付き合うことになった、なんて報告する未来があるかもしれない。その時どういう反応されるかな。もしそんな事になったら、東卍のみんなは私を軽蔑しないかな。

「これ、サービス」

目の前に置かれたお皿の上には味玉とチャーシューが乗っていた。顔を上げると相変わらず怖い顔をしたアングリーくんが。

「名前ちゃんこれ食べてもっと元気だしなよ」
「アングリーくん……ありがとう」
「アングリーくんオレの分は?」
「食べたかったら追加料金払ってね!」
「ちっ!差別かよ」

口を尖らせる千冬くんにくすりと笑いながら、有り難く味玉とチャーシューを頂いた。器の中のラーメンが一気に豪華になった感じがする。本当に東卍のメンバーは何年経っても私のことを心配してくれているし、優しくしてくれる。三ツ谷くんだけじゃない、彼らだって場地くんが繋いでくれた最高の縁だ。





「ねぇねぇ見て!この子私の後輩なの」

翌日、職場の休憩室で先輩や同期ととお昼を食べている時、一人の先輩がタブレットの画面を見せてきた。

「えっ?モデルさん?」
「やっば!めっちゃ顔小さいのにめっちゃ目大きい!」

画面に映っているのは華奢な体型だけどスラリと手足が長い女性。ショートカットがこれでもかと言うほど似合う小顔さんだった。私たちは全員食い入るように画面を見た。

「高校も大学も一緒の後輩で結構仲良いんだ〜。数年前からモデルやり始めて、今ではこんな大きい特集ページ組まれてんの」
「すっごー!こんな人と仲良いとかなんか羨ましいです」
「うん、性格も可愛くてね、自慢の後輩なの」

これで性格まで可愛いとか神様は不公平だとみんなで盛り上がって笑った。そして笑いながら私の目の端に映ったのは、画面左下に映る見覚えのある男性の写真。……え、これって。

「この人って…デザイナーですかね…?」
「ん?あぁそうだね、この服デザインしたって書いてある。何度か一緒に仕事してるって言ってたな」
「そうなんですか…」
「イケメンだよねぇこのデザイナーさん」
「イケメン!?どれどれ見せてくださいっ」

同期が私を押しのけてタブレットを見る。そしてそのデザイナー…もとい三ツ谷くんを見てイケメンじゃんっ!と騒ぎ出した。三ツ谷くん、まだまだぺーぺーのデザイナーだとか自分で言ってたくせにちゃんとこうやってネット記事に載ってるんじゃん…。しかもこの容姿だからなのか、ページの隅に載るだけの写真にしてはサイズが大きい気がする。

「ここだけの話ね…この後輩このデザイナーの人といいとこまで行ってるんだってぇ〜」

先輩のその言葉に私の動きも脳もフリーズした。

「えっ、本当に?」
「うん。めっちゃ自慢された。すごく気立てもいいしお洒落で優しい人だって」
「へぇ〜!でもこのイケメンデザイナーさんもこんな綺麗なモデルさん相手だったらイチコロでしょうね」
「きっとね。この子、学生の時から狙った男必ず落としてたから。このデザイナーさんも満更じゃない態度みたいよ」

目の前で繰り広げられる会話に入っていけなかった。…え、なにそれ?三ツ谷くんは私を好きだと言ってくれていた。私をそばで支えたいと、見守りたいと。私から触れた時すごく舞い上がったとも言っていたのに。他の女性も相手にしてたってこと?しかもこんな綺麗なモデルと?

そんなはずはないと思う。三ツ谷くんが私に嘘をついてまでそんな最悪なことするはずない、そんな人間なはずない。わかっているのに心が落ち着かなかった。




『名前?仕事終わった?』

定時になり数時間放置しっぱなしだった携帯を鞄から出すと三ツ谷くんから数件のメッセージや不在着信があった。慌てて電話をかけるといつもの優しい口調の三ツ谷くんが出た。ホッとした反面、昼休みの先輩の言葉が脳裏をチラつく。

「終わったよ。どうかした?」
『どうかしたじゃねぇよ、メシ行く約束してただろ』
「…えっ。今日だったっけ?」
『うーわ、お前最悪だな』
「えー…ごめん、明日だと思ってた…」
『マジかよ。今日は無理?』
「いや何も予定はない…」
『良かった。じゃあ行こうな。もうすぐお前の会社の前着くから待ってて』
「ありがとう」

うっかりしていた。三ツ谷くんとは会う頻度が上がっていたからついつい約束の日を間違えて覚えてしまっていたらしい。やだな、今日こんな適当な格好じゃん。こんな履き慣らしたテーパードパンツじゃなくて今季買ったばかりのスカート履いてきたかったのに。ピアスもつけてないし。パンプスも歩きやすさ重視のやつだし。あのモデルさんみたいに可愛い格好、全然できていないのに。

その時気づいた。私、いつからか三ツ谷くんと会う時は無意識にオシャレしようとしてたんだって。


「名前ーお疲れ」

会社のビルの前で待っていると、一台の車が停まった。

「車?珍しい。仕事も車で行ったの?」
「今日休みだったから家からだよ。ほら、乗ったら?」

助手席のドアロックが解除される音がしたので、素早く車に乗り込んだ。迎えにきてくれるのは嬉しいんだけど、会社の人に見られたら恥ずかしい。なんせ私は「高校の時恋人を亡くして以来恋をしてない女」として一部に知られているからだ。私の浮いた話なんて誰も興味ないだろうけど、それでも知られたら恥ずかしいのだ。

「どこかお店予約してるの?」
「ん?してない」
「そっか。どこ行く?」
「どこでも。なんかさ、たまにはドライブデートもいいかなって思って。行き当たりばったり感やべーけど、見つけた美味そうなとこで食おうぜ」

三ツ谷くんの車に乗せてもらうのは2回目だった。1回目はあの海に行った日。男の人と二人きりで車に乗るなんて初めてだった。バイクなら散々場地くんの後ろに乗ってたけど。でももうあれから10年以上経って私たちは大人になった。この歳になれば自然と異性と乗る乗り物はバイクから車に変わっていくもんなんだなぁと感じた。

「三ツ谷くんバイクはもう乗ってないの?」
「うん。バイク所持してないし」
「そっか…」
「乗りたい?バイク。ドラケンに頼んだら乗せてもらえると思うけど」
「…ううんいいや。バイクは、場地くんの後ろ以外乗りたくない」

そっか、と微かに笑う三ツ谷くんの顔が哀しく見えたのは気のせいだろうか。暗い車内の中、時々街頭やお店の看板の光が三ツ谷くんの顔を照らす。鼻が高くてまつ毛が長くて優しそうなタレ目。確かにイケメンデザイナーと持て囃されてもおかしくない容姿だ。きっと本来は私なんかの隣にいるような人じゃないだろうに。

「名前…なんか今日元気ない?」
「えっそうかな?」
「うん。仕事で嫌なことあった?」
「仕事では…なかったよ」
「じゃあ友達関係とか?」
「…今日ネットの記事見たよ、三ツ谷くん載ってたやつ」
「え?どの記事?」

私は先輩が見せてくれたタブレットの画面を思い出しながらあのモデルさんの名前を告げた。すると彼は「あーあの記事ね」と軽く言う。

「オレが載ってたっつーからなにかと思ったらアレっしょ?この服のデザイナーって下に小さく写真と名前貼られてただけだろ?」
「まあ…小さめではあったけど…。みんながイケメンだって騒いでたよ」
「まじ?で名前はそのイケメンにいま迫られてるんです〜とか話したの?」
「すると思う?私が」
「しねぇな」
「…先輩がそのモデルさんと仲良いんだけど、三ツ谷くんとその人いい感じなんだって言ってた」

ちょうど信号が赤になり三ツ谷くんはブレーキを踏んだ。ちょっとかくんってなって車が止まる。そしてゆっくりこっちに向けられた顔は笑っていた。何を笑っているんだこの男は、と思っていると左手が伸びてきて私の手を優しく包んできた。

「え、なに?」
「名前が妬いてくれたのかなぁって思ったら手握りたくなった」
「え?妬くってなに…あっ!青になったよ手離して」
「別にハンドルくらい片手で平気だから。でさ、そのモデルの子の話だけど、わかってると思うけどいい感じとか全然ないから。ただ向こうに好意抱かれてるなっつーのはまぁあるけど」
「あんな綺麗な子に好意抱かれても靡かないわけ?」
「だってオレが欲しいのは名前だけだもん」

自分の手が汗ばんでいってると言うのに、三ツ谷くんの手は全くだった。なんでこう、歯が浮くような恥ずかしい台詞をこの人は平気で言うんだろう。彼が優しくて誠実な人なのは分かってるけど、ここまで来ると逆に女タラシだったりしないかと疑問が生まれそうだ。

「あのモデルの子、ちょっと自信過剰なとこあるっつーか、すげぇアタックしてるのに靡かないオレにイラついてるっぽいんだよね。だから強がってそんな事言ってるのかも」
「そうなんだ…」
「参るよなぁ。下手したら今後仕事切られるかもしれねぇし。公私混同だけはやめてほしいよなー」
「確かにそれは困るね」
「だろぉ。まぁでもいいや、妬いた名前を見せてくれたっつーことであの子には感謝だな」

いや全然良くないでしょ仕事に支障出たらどうすんのよ、なんて言おうとしても喉に言葉がつっかえて言えなかった。握られて汗ばんだ手以上に顔が熱い。私、妬いてたの?あのモデルさんが三ツ谷くんといい感じなのかもって妬いてたの?自分じゃ全然分からなかった。思えば私場地くんにヤキモチ妬いたことなんてなかった。だから妬くって感情すら、この歳になって初めてだからよく分かっていない。仮にこれが妬くって気持ちなら、私の心は三ツ谷くんに靡いてるってことになってしまう。

それから無言のまま車は走っていった。ラジオから聞こえる洋楽がこの沈黙をいい雰囲気にしてくれているような、いないような。

「あ…ねぇ三ツ谷くん。いま通り過ぎたお店、知ってる。食べログで評価高いところ」
「ほんと?じゃーそこで食おっか」
「うん。次左折したらお店の方回れそうじゃない?」

信号を左折して大通りから裏の道に出るとそのお店の駐車場があった。人気店っぽいから駐車場はほぼ埋まっていて、なんとか空いているところを見つけると三ツ谷くんはシフトレバーをRに入れてゆっくりと車を後退させた。その時気になったのは未だ握られたままだった左手。

「手離した方が…」
「大丈夫だよ、バックぐらい片手でいけるって」
「すごい…運転上手いんだね」
「惚れそう?」

そう言われるとどう返していいか分かない。以前、海沿いのレストランで同じことを聞かれた時ははっきりと断れたのに、今はそうできなかった。

車が駐車され、エンジンが切られた。さっきの言葉に返事をしないからか三ツ谷くんは少し困った顔をしているように見える。握られたままの手に少し力が入ったと思ったら、三ツ谷くんは「名前」と私の名前を一言吐いてから唇をゆっくりと重ねてきた。夜の誰もいない駐車場、二人きりの車内で、私は初めて場地くん以外の人とキスをした。




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