愛しくも哀しいお味



「お、これ美味い。名前も一口食う?」
「……」
「名前。おい名前」
「…なに」
「だから、食う?」
「ううん…いいや」

腹減ったな、って言って連れてきてくれた海沿いの小綺麗なレストラン。文字面だけで見ればオシャレな響きだけど、生憎いまはそのオシャレな店内にも料理にも興味が湧かない。

「いいの?全部食っちゃうよ?」
「…三ツ谷くんさぁ、あの、いつから、その…私のこと…?」
「ん?んーそうだな……墓参りの時かなぁ」
「え?それって今年の命日の…?」
「そうそう」
「えっ?それって先月だよね?」
「だなぁ」
「あ、そんな最近なのね…」
「残念だった?」
「いえ別に…」

なんだ、つい最近芽生えた気持ちだったのか。数年前から、下手したら場地くんが亡くなったあたりからずっと何年も、とか言われたらどうしようかと思ったけど、少し安心した。先月から私のこと意識するようになったのなら、そんな深い想いでもないはずだから。

「まぁ正直自分でもはっきりとは分かんねぇけどさ。元々名前とは年に一、二回しか会わねぇし。でも場地の命日が近づくと毎年必ずお前のこと思い出すし、先月の墓参りで弱ってるお前見てたらなんか…側で支えたくなった」
「うん…」
「名前って場地以外と付き合ったことあんの?」
「ない…」
「そっか。じゃあ他の男も知るいい機会じゃん」

そんな簡単に言われても…。三ツ谷くんのことは好きだけど、勿論そういう好きではない。滅多に会わないし、二人きりで会うようになったのもここ一ヶ月の話だし。東卍メンバーの中なら千冬くんの方が普段からよっぽど二人きりで会っていた。三ツ谷くんには最近お世話になってるし、彼のおかげで私の中にある場地くんとの向き合い方も変えられそうって前向きになれた。すごく感謝している。でも、それとこれとはまた違う話っていうか…


「悩ませてごめん」
「えっ?あ、違うの…その、信じられなくて、三ツ谷くんが私なんかをって…。だってさ結構きみモテるでしょ?」
「かもな」
「去年は彼女いなかった?」
「いたな」
「…だから余計信じられなくて」
「いいよそれでも。なんかお前放っておくと消えちまいそうで怖いから、勝手に見守りたいって思っただけだから」
「え?私消えちゃいそうに見えるの?」
「先月の墓参りで思った。場地のとこ行きたいとか馬鹿なこと考えてそうだなって」

それはきっと、場地くんとの繋がりがなくなりそうって言ったからそう思われたんだろう。死にたいとかそんな事考えたのは場地くんが亡くなった直後ぐらいだったけど、でも確かに最近、なんかふわふわと足が地につかない感じはした。なんかもう、生き甲斐がないというか、そんな気持ちにはなっていた。

「三ツ谷くん、ありがとう」
「お、オレに惚れたか」
「…ごめん、それはまだちょっと…。頭も気持ちも追いつかないっていうか」
「冗談だよ。言っただろ。お前と今はどうこうしたいってワケじゃないから」
「好きでもどうこうしたいワケじゃないの…?それってどういう感情なの?」
「んー、まあとりあえずお前がオレの側にいると落ち着くとかそう思ってくれればいい。あれだな、家族みてぇな感情かも」
「家族かぁ…その好きってラブの方の好きなの?」
「家族っつっても本当の家族じゃねぇし、そうだと思うよ」
「ふぅん…そういうものか…」
「お前さ、ほんっと小難しく考えんの好きだな。支えてやりたい、側にいたいって思う異性なんてそういう好きに決まってんじゃん」

別に頭働かせるの好きなワケじゃないし、小難しく考えたくて考えてるワケじゃない。ただ今のこの状況が小難しく考えざるを得ないというか。どうしてもあの三ツ谷くんが、10年以上前から知ってる彼が今更私を好きというのが腑に落ちない。ずっと前に亡くなった自分の仲間を想い続けてるこんな面倒くさい女の、一体何がいいと言うのだ。

「とりあえず食えよ。人って腹減ってるとマイナス思考に転じやすいから」
「へぇ、そうなんだ」
「オレの自論だけど」

そう言って三ツ谷くんは軽く私を笑わせてくれた。このまま彼の優しさに甘えてていいのだろうか。私を好きと言ってくれてるのにその気持ちに応えず支えてもらうだけなんて、許されるのだろうか。

ねぇ場地くん。三ツ谷くんが私のそばにいたいって言ってくれたよ。三ツ谷くんなら私を幸せにしてくれるかな。場地くんも三ツ谷くんだったらって笑って受け入れてくれるのかな。私、場地くん以上にこの人のこと好きになれるのかな。

重ねて見ちゃダメだって分かってる。でもね、私の中ではまだ場地くんを占める割合が高すぎて。だからだろうか、口に運ぶ美味しそうな料理の味も何も分からなかった。




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