今更ながらに愛を語って


「来るなら連絡くださいよ」

少し呆れ気味で千冬くんは閉店後の片付けを始めた。ごめんって笑いながら謝ると彼はいいっスけどって慣れた言い方をした。千冬くんがペットショップでバイトし始めて、いつしか自分の店を持つことになったと聞いた時は自分のことのように嬉しかった。千冬くんが場地くんの意志を継いでいるような、そんな気持ちがして。

私は時々こうやって突然千冬くんに会いにきた。場地くんの弟分だった彼は、私にとってもいつからか弟のような存在になっていた。だからかな、仕事中の千冬くんの様子を見に行きたくなってしまう。ちゃんとやってるのかなぁって、頑張っている姿を見に行きたくなってしまう。

「ラーメンでも食いに行きます?」
「うどんがいいな」
「また?ほんとうどん好きっスね」
「美味しいじゃん。つるとんたん行こうよ」
「はいはい」

ラーメンよりもペヤングもよりも、私はうどんが好きだった。それはあの頃から変わらない嗜好の一つ。ペヤングも悪くはなかったけど、食べさせられすぎてあっという間に飽きたなぁ。あの人はペヤングの何がそんな美味しかったんだろう。

「千冬ー、これの在庫ってさ……あ、いらっしゃい」
「…お邪魔してます」

一虎くんが裏から出てきて、私の存在に気づく。一言挨拶を交わし合うと、彼は千冬くんの元へ行き仕事の話をし始めた。

私は、この一虎くんという人がどうも好きになれなかった。

場地くんが亡くなった経緯も、中一の時起きた事件も、彼の死後ドラケンくんや三ツ谷くんから聞いた。場地くんにとって大切な仲間なのは分かった。仲間思いの場地くんの意思を汲み取ってあげたかった。でも、どうしてもこの人が全ての元凶にしか見えなくて、好きになれなかった。そして多分一虎くん自身も気づいている、私の気持ちに。





「やっぱ許せねぇっすか、一虎くんのこと」

うどん屋さんでメニューを広げながら投げかけられた千冬くんからの質問に、私は目を逸らしながら頷いた。

「むしろ千冬くんはよく彼と一緒に働いてられるね」
「…それが場地さんの意思だと思ってるんで。あの人が自決してまで守りたかったのって、一虎くんを始めとする東卍の仲間だから。だからオレも、オレのやり方で仲間を守ろうって思っただけです」
「2個も下なのに千冬くんの方がよっぽど大人だね…。私はそんな寛容な心持てない」
「まぁ名前さんは東卍のメンバーじゃなくて場地さんの彼女だから、当然っちゃ当然ですよ。名前さんが守りたかったのは東卍じゃなくて、場地さんだったわけだから」

その通りだった。東卍のみんなのことも大好きだけど… でも私の中ではやっぱり場地くんのおまけ的な存在だった。その中でも一虎くんなんて、初めて話したのは彼の出所後。千冬くんを通して初めて対面した時、彼は思いっきり頭を下げて私に謝罪してきた。私の存在は知っていたようで、何度も何度も「全てオレのせいだった」って謝って来た。あんなに必死に頭を下げている人を目の前にしても許せないと思った私は、どこか非情なところがあるのだろう。


「今年も墓参り、行きましたよね?」
「うん勿論。今年は偶然三ツ谷くんに会ったよ」
「へぇーオレも会いたかったなー」
「なんかすっごい心配されちゃったけど。ねぇ千冬くん、私ってよっぽど前に進めてないように見えてた?」

千冬くんの目が一度大きく開いたあと、私から目を逸らすかのように目を伏した。その仕草を見ただけで、もう答えは分かったようなもの。そっか、やっぱり私、自分で思っていたより周りからはそう思われてたんだ。

「前に進めてないっていうと、ちょっと語弊があるけど…。名前さん、昔ほど明るくなくなったし、元気に見えるけどどこか暗そうな表情してるなって思ってました…」
「私、昔もっと明るかったってこと…?」
「場地さんといた頃は、場地さんにちょっかい出したり、ふざけけた事言って弄られたり、それで怒って文句言って拗ねて…すごい喜怒哀楽が露になる人だなって印象でした」
「そっかぁ。でもそれって大人になったから変わったんじゃないのかなぁ?」
「どうでしょう…。あんな風に名前さんのこと弄る人、今周りにいますか?」
「…いないねー」
「オレ、二人のあのやりとり見てるのすげぇ好きでした。結構ひどい弄りで見てて面白いのに愛があって。…懐かしいっスね」

懐かしいなんて言葉じゃ表しきれない。千冬くん、私も場地くんとああいうやりとりしてるの、すごーく好きだったんだ。ムカついてたけど、本気でムカついたことはなかった。千冬くんの言うとおり、そこに愛があったからなのかな。そんなことあの当時は考えもしなかったけど。だってあれが私と彼の“当たり前“だったから。


「ってすいません、なんか昔話ばっかしちゃって…。こんな話、したくなかったスよね」
「ううん。あのね、三ツ谷くんがこの前ね、オレの前でまで無理すんな、素の自分でいろって言ってくれたの」
「え?」
「そう言われて気が楽になったんだ。自分の素を出すとさ、ついつい場地くんのこと考えちゃったりするんだけど、それはそれでいいんだなーって。場地くんの話題をなんとなくタブーにしてるところあったから、そうしなくてもいいって考えたら楽になったの」
「名前さん…」
「場地くんの話題イコール悲しい思い出、だけじゃないもんね。場地くんとの楽しかったこととか、いっぱい思い出して話せばいいじゃん、ってね。だから千冬くん、もし今まで遠慮させてたらごめんね。これからは場地くんのことで話したいことあったら、どんどん話そうよ」

千冬くんは笑いながら「名前さんすげー前向きだし強くなりましたね」って言ってくれて、純粋に嬉しかった。場地くんとの悲しい思い出も楽しい思い出も全部全部、無理せず曝け出していこう。いつまでも12年前のあの頃の自分のままでいるのはもうやめよう。場地くんは、どんな形であれ私の中でずっとずっと在り続けているんだから。



back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -