33歳なった三ツ谷くんと今更ながら始まる話






「33歳おめでとー」
「サンキュ」

 色気もなくジョッキに入ったビールで乾杯。お通しの枝豆をつまみながらゴクゴクと冷えた生ビールを喉に流す。梅雨真っ盛り。しとしとと小雨が降りじめじめと湿度高めな今日みたいな日は、冷えたビールでがこれでもかと言うほど美味しく感じる。

「三ツ谷も33歳かー」
「だな」
「年とったね」
「お前もすぐに追いつくだろ」

 三ツ谷との付き合いも気づけばもう20年近くなる。出会った頃はそう仲良かったわけでもなかったが、成人したあたりから二人でお酒を飲みに行くことが増えた。成人した男女が二人で飲みに行く。文字だけで見れば何かが始まりそうに思えるが、私達はそんな色気のある雰囲気になることなく、一番気の合う異性の友達として付き合いを続けていた。勿論お互い恋人がいる期間もありそんな時は会うのを控えたりもするが、別れればまた二人で会い、別れた恋人の愚痴や不満や後悔をつまみにしながら飲むのであった。

「33歳独身男かぁ」
「あ?うるせぇなお前もだろーが」
「うわー元ヤンこわー」
「思ってねぇだろンなこと」

 今は新進気鋭のファッションデザイナーなんてお洒落な肩書きで生きているが、私は知っている。10代の頃のこの男はドがつくほどのヤンキーだったことを。ふとした時に出てしまうこの元ヤンダダ漏れな口調は、長年やめろと言っても直らない。別に今更三ツ谷を怖いだなんて思わないけど、あの「あ?」の言い方はやはり言われると少しビクッとしてしまう。

「今日はお祝いだしなんでも好きなもの頼んで」
「よっしゃ。んじゃね、鶏たたきポン酢、炙り〆鯖、イカの塩辛…。あ、やべ日本酒飲みたくなってきた」
「どーぞどーぞ」

 昔だったら揚げ物とか炭水化物類とか、脂っこくてどっしりとした物を好んで頼んでいたのに。三ツ谷の胃はしっかり33歳らしさがあって、年齢には逆らえないんだなと思わず笑ってしまう。頼んだ料理や日本酒が届き、ちびちびと飲みながらお互いの仕事のことを話すこの時間が好きだった。全くの他業種で専門的なことは分からないから話しやすいのかもしれない。今も三ツ谷は然程大手でもない、私が聞いたことのないアパレル企業からの案件の話をしているが、私にはその内容はさっぱりで。でもまぁ、三ツ谷が楽しそうに話してるならいいかと思える不思議。

「…あ、このいま流れてる曲、なんか最近よく聞くよな」
「これ、なんかTikTokから流行ったらしいよ」
「あーチックトックね」
「ティックトック、ね」
「どっちでも一緒だろ」
「いや、若い子そんな風に言ってないから」

 眉間に皺を寄せ、もう一言文句を言いたそうな顔をした。あ、この顔、よく中学生の頃してたなぁ。今は小洒落たメッシュなんて入れちゃってあの頃のような短髪ではないけれど、表情はあの頃の面影がありすぎる。

「三ツ谷の今の髪型ってさ」
「んー?」
「白髪隠しも兼ねてる?」
「…は?」
「え、あるじゃんメッシュ入れて白髪をそれっぽく見せるやつ。バレイヤージュだっけ?」
「いやあるのは知ってるけど…一応20代の頃からこの髪型してんだけど」
「20代でも生えることあるじゃん」
「残念ながら俺は生えてねぇよ」
「生えてるよ、前髪のとこ」
「は?嘘?どこ!?」

 慌ててスマホのインカメラで自分の前髪をチェックし始める姿に声を出して笑ってしまった。へぇ、三ツ谷、白髪とか気にするんだ。若い頃から色々苦労してるし白髪の一本や二本もう生えててもおかしくないのに。笑いながら椅子から少し腰を上げ、向かいに座る三ツ谷の前髪を触りその箇所を教えた。私より硬くてしっかりとした、男の人らしい髪の毛だった。

「あー…くっそ…もう生えたか」
「その髪型だといい感じに誤魔化せてるよ」
「だとしてもさ、生えてることがショックなんだよ」
「ふぅん。男の人でも気にするんだね」
「俺は一応職業柄もあって、身なりには気ィ遣ってんで」
「別に多少白髪生えてたって三ツ谷はイケオジじゃん」

 その言葉に三ツ谷は動きを止め、目を丸くして私を見た。やばい、イケオジという言葉は良くなかっただろうか。さすがに33歳に対して「オジ」という言葉は不適切だったかもしれない。笑ったり、ツッコミ入れてくれればそれで済むと思ったのだが。とりあえず謝罪を、と思ったら三ツ谷が「あのさ」と先に口を開いてきた。

「お前俺のことイケてるとか思ってたの?」
「え?うん。かっこいいじゃん、昔から」
「は?マジで?」
「え、うん…」
「知らなかったワ」
「まぁ、言ったことなかったしね」
「因みに俺もお前のこと可愛いと思ってた、前から」
「は!?なんで?」
「なんでって……普通にお前可愛いじゃん?」

 なんともない顔をしていられるほど私はその言葉に対して耐性がないというのに、三ツ谷は平然とした口調でそう言ってきた。赤くなった顔を隠すように片手で口元を隠して「恥ずかしいんだけど」と言えば「そういうとこだよ」と三ツ谷は笑いながら言う。あくまで私の予想だけど、三ツ谷は私と違ってかっこいいと言われることに耐性がある。更にいうと、異性に対して可愛いと言うことにも慣れていると思う。

「中学んとき教室にでっけぇ虫出た時、たまたま近くにいた俺の後ろに隠れて腕バシバシ叩いてきたときあったじゃん?あれ可愛かった」
「ねぇ…いつの話よそれ」
「あと初めて飲みに行った日、ペース配分わかってなくてすげぇ酔っ払ってたとき。あれも可愛かった。いま考えるとよく持ち帰らなかったなって思う。俺すげぇよな」
「知らないよそんなの…。でもそうやって泥酔してても手ださないで家までちゃんと送ってくれて、私が玄関入って鍵閉めるの確認してから帰るところとか、優しいしかっこいいと思った」
「酔ってたわりにすげぇちゃんと覚えてんな」
「あと5年くらい前?私が彼氏に振られたって連絡したらすっ飛んで来てくれた時とか。泣くなよって慰めてくれた時とか、かっこよかったなぁ」

 ちょっと昔の彼を思い出しながら、お猪口を口に運ぶ。三ツ谷はイケメンだけど、性格までイケメンな時があるからすごいよなぁと改めて思う。女が途切れないってわけではないけど、きっと私が想像してる以上にモテて来たことだろう。そんな人の一番仲のいい女友達でいるって私実は凄くない?

 顔を上げると、いつもと違いなんというか熱っぽい視線でこっちを見てくる三ツ谷がいた。初めて向けられるその視線に、なんだか飲み込まれそうになる。

「ふと思ったけどさ、俺らって結構いいんじゃね?」
「と、言いますと?」
「パートナーとして」
「…恋人って意味?」
「恋人でも、旦那でも」

 突然の爆弾発言に驚いて、手からお猪口が滑り落ちた。中に入っていた日本酒がぴしゃりと撥ねて、テーブルと私の服を濡らした。

「うわっ、お前何やってんだよ。大丈夫?」
「いや…むしろあんたの発言が大丈夫?」
「全然大丈夫だろ」
「いやいやおかしい。だって、私達はずっと友達で、気の合う飲み友で…」

 おしぼりでお酒が溢れた私の服を拭きながら、三ツ谷は「うん、そうだね」と言った。友達から恋人になるということがそんな珍しい話じゃないのは勿論分かっている。周りでもそういう人達はいる。でも、私が三ツ谷となんて、そんな…。しかもこの男、ちょっとぶっ飛んだところあるから恋人飛び越えて旦那だなんて言ってくるし。本当に頭おかしい。本当に私の脳内狂わせてくる。

「別に俺ら気ぃ合うじゃん。話途切れないし、一緒にいて楽しくね?」
「まぁそれはそうだけど…」
「しかも付き合い長いしお互いのこと分かりきってる」
「うん」
「更にお互いのことかっこいいとか可愛いとか思ってる。むしろこれって付き合ってないのおかしくね?」

 おしぼりで拭き終わった彼は、ぴしんっと私のおでこを軽くデコピンしてきた。だいぶ手加減してくれてるのは分かるけど、ちょっと痛い。三ツ谷の誘導尋問とも思えるような導き方に狼狽えることしかできなかった。でも言われれば確かに、付き合ってもおかしくない関係性だ。むしろ私は何に戸惑っているんだろう。…ああそうか、三ツ谷と今更寝られるか、とか考えているんだ。

「なに?じっと見てきて」
「三ツ谷は私とその、…男女の仲になれるの?」
「は?…ああ、俺全然いけるけど。お前無理そう?」
「え、わかんない…考えたことない」

 10年前だったらこんな会話、恥ずかしくて仕方なかっただろう。でもお互い三十路を超え、ある程度の男女交際の経験があり、何なら元恋人がセックスの時こうしてきて嫌だったとかそんな話まで酒を飲みながら話してきた仲だ。こう思うと本当に色気のいの字もない関係な私達だが、今更恋人になんてなれるのだろうか。瞼の裏で三ツ谷とそういう事をする自分を想像してみた。………いや、案外いける、のかもしれない?
 
「…物は試しだよな」
「え?…え?」
「終電なくなっちまうと思うけど、朝帰りで大丈夫?」
「…本気で言ってるの?」
「本気だよ。この歳にもなると体の相性も確認してから付き合うのも大事だと思うし」
「それはそうかも」
「じゃー決まり」

 がたりと椅子から立ち上がり自分と私と鞄を掴んだ三ツ谷は、私の腕を片手で掴んで立ち上がらせ会計の方に進んだ。お店を出て大通りに出て、タクシーを捕まえようとしているその姿を見ていたら、三ツ谷が本気なことが伝わってきた。…どうしよう、逃げるなら今だ。もし三ツ谷とは無理だとか相性良くないとか感じてしまっても、きっともう友達には戻れない。そんな大きなリスクを背負ってまでする意味はあるんだろうか。こんな後戻りできないような冒険に出ていいんだろうか。

「ナマエ」
「…ん?」
「やめるなら今だけど」

 空車の表示が出ているタクシーがこっちに向かって走ってきている。私の手をぎゅっと掴み、頭一つ分大きい三ツ谷が私を見下ろしている。私と三ツ谷が付き合う、キスする、セックスする、結婚する。どれも想像できるようでできない。でも困ったことに、どの行動に対しても不快感は感じられない。

「私散々三ツ谷と色んな話してきたから、あんたがエッチのとき女の子にどうされるのが嫌いとかまで知っちゃってるんだけどさぁ」
「残念ながら俺もお前のそういうの知っちゃってるよ」
「私面白がって笑いながらわざとあんたが嫌がることするかもよー?」
「じゃあ俺も仕返す」
「うわ、最悪。相性もなんもないじゃんそれ」
「でもお前俺が嫌がることなんて絶対ぇしないだろ、実際」
「……」
「お前はそういう奴だってことまで、俺知っちゃってるから」

 頭を撫で、悪戯に歯を見せて笑ってくる三ツ谷のその顔は、中学の頃の彼を思い出させた。三ツ谷が私の嫌がることは絶対仕返して来ないこと、残念ながら私だって知っちゃってるよ。片手を上げてタクシーを止めた彼は「乗れよ」と私の腰を押した。腰を押されるより先に、自分の足がタクシーの方に向かっていたことに笑ってしまう。きっと今日は、私達が友達でいられる最後の日。さようなら私の一番の男友達。そう思いながらタクシーに乗り込んだ。



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