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「あ、こんにちは」
「…こんちは」

 妹たちを連れて買い物行くと、公園に寄りたいとせがまれるから本当は連れて行きたくなかった。ほら、こうやって知り合いに会っちゃうし。ルナも「コータくん!」とはしゃいで嬉しそうにしてるからこれは長居する可能性が高い。…まぁでも、今日は話し相手もいるからいっか。無意識に心の隅でそう思ってしまった。

「お買い物帰り?」
「そー。アイツら連れてくとこーやって寄り道されちゃうんだよね」
「わかるわかる。てか妹もう一人いたんだね」
「そ。あっちまだ小せえからあんま目離せないんだよね」

 遊具の横にあるベンチ。先に座っていたナマエちゃんは俺が座ろうとすると少し横にズレてくれた。買い物袋を彼女と自分の間に置いてから座ると、ナマエちゃんはまじまじと袋の中を覗いていた。

「今日はハンバーグ?」
「あたり」
「三ツ谷くんが作るの?」
「今日母ちゃん遅いから」
「偉いね」

 夕飯作ってコイツらに食わせて片付けた頃には母ちゃんも帰ってくるだろう。そしたらドラケン達とバイク流しに行こうかな。最近部活も忙しくてあまり走れてない。目的もなくただバイクを走らせるのは気持ちいい。ナマエちゃんは俺のそんな姿を知らないからこうやって普通に話しかけてくれるのかもしれない。そう思うと東卍にいることなんて絶対に言いたくなかった。

「うちは夕飯何にしようかなー」
「ナマエちゃんが作るの?」
「コータが大きくなったからって最近お母さん仕事フルタイムにしてさー。私にちょっと家事やってほしいって」

 小さい弟の公園の付き添いをしてる時点である程度は察しがついていたけど、やっぱりそうだった。ナマエちゃんの家も少しウチと似ていた。きょうだいの世話しつつ家事もしつつ。俺らは中学生にしてはそこそこ頑張ってる方だと思う。

「簡単にできるご飯って何?」
「チャーハンとか?」
「チャーハン…何入れればいい?」
「肉とネギと卵入れときゃいいだろ」
「え、何肉?豚?」
「…ナマエちゃんあんま料理したことねぇの?」
「むしろきみが珍しく料理できすぎなの」

 少し不貞腐れ気味に彼女は言った。確かに自分が一般的な中学生男子より料理ができることは分かっていた。でも女子だったら料理多少はできるものかと思っていたけど…どうやら違うらしい。こう思うと本当女子と大して話してないから、女子のことは分からない。部活で安田さん達とは話すけど、ほぼ部活のことや裁縫のこと。あ、あとぺーやんのことくらいか。

 遊具で遊ぶ妹達とコータを見ると、何が楽しいのかわかんねぇけどゲラゲラと楽しそうに笑っていた。カレシとか意味わかんねぇこと言ってるけど、こう見てるとただ仲の良い友達ってだけだし、やっぱ過剰に反応せず見守っていればいいのかもしれない。本当に男女交際とかする年齢になる頃には、自然と交流はなくなってるだろうし。

「ねぇ」
「ん?」
「中高生くらいになってさ、本当にあの二人付き合ってたらどうする?」
「え……すげぇ想像したくねぇんだけど」
「あはは!顔ひきつってるよ」

 そりゃいつかはルナにだって相手はできるだろう。でもそれがあのクソガキって…。本当に考えたくもなかった。自分がまだ彼女とかいないから付き合うってどういう感じか想像つかないからかもしれないけど、ルナとコータが……いや、もう考えるのはやめよう。

「三ツ谷くんは彼女いるの?」
「いないよ」
「そうなの?かっこいいのに」
「え?」

 ナマエちゃんの口から出てきた思わぬ言葉にどう反応していいか分からなかった。女子からこんなこと言われたことあったっけ…少なくとも面と向かって言われたことは初めてだ。中学入ってからは特に俺のことをビビる奴が増えた。東卍の名が知られるようになってからは余計イメージが一人歩きして、手芸部以外の女子からは話しかけられないし。でも学校が違うからか、東卍のことを知らないからか、ナマエちゃんはこんな俺をかっこいいと言った。

「えーっと…ありがと」
「いいえー」
「…ナマエちゃんは?彼氏いるの?」
「いないよ」
「ふーん。付き合ったことは?」
「…内緒」

 あ、これ多分あるやつだ。彼女の顔を見ているとなんとなく分かった。別に中学生だし彼氏いたことがあっても不思議じゃないけど、割と早熟な方なんだろうか。だから弟もこうやってカレシカノジョだ言うようなガキなんだろうか。

 陽が傾きかけた頃、ナマエちゃんはそろそろ帰ろうかと言ってベンチから立ち上がった。夕陽が彼女をオレンジ色に染めていて、なんだかさっきより可愛く見えたのは気のせいだと思いたい。自分の心を誤魔化すように勢いよくスーパーの袋を掴んで立ち上がりルナとコータの方を向くと、そこには衝撃的な姿が。

「…おい!何してんだテメェ!」

 俺の声に驚いてナマエちゃんもそっちに目を向けた。勿論ルナもコータも驚いて肩を跳ね上げた。なんも反応してないのは公園の隅で蟻の行列を乱して遊んでるマナだけだった。

「おいクソガキ!何抱きついてんだよ」

 耳を引っ張ってやろうかと思ったけど、ナマエちゃんがいる手前やめておいた。とりあえず肩を掴んでその小さくて細い体をルナから引き剥がす。思ったより軽くて後ろに転びそうになったコータの体を一応…一応義理で支えてやった。

「お兄ちゃん!そんな怒らなくていいじゃん!」
「はいはい。こういうのはもっと大きくなってからなー」
「もーっ!カレシなんだからぎゅーするくらいいいじゃん」
「は?何言ってんのお前」
「まぁまぁ落ち着けって隆」
「は?お前なんで呼び捨てしてんの?」

 完全に小学生の発言に惑わされていた。その様子を見ていたナマエちゃんはマナの手を引いて笑いながら近寄ってきた。ご立腹のルナと、俺を呼び捨てにして宥めてくるコータと、その様子を見て爆笑するナマエちゃん。何も分かっていないマナがこの空間で誰よりも無垢で可愛くて、もはや俺の心の救いだった。
 
「ウケる。めっちゃキレてるじゃん」
「キレるに決まってんだろこんなの…」
「そっかそっか。コータ、ぎゅーはダメだって。手繋ぐぐらいにしておきなさい」
「はーい」

 明らかに納得してない目つきだったけど、一応姉ちゃんの言うことは素直に聞くらしい。コータは持ってきていたサッカーボールを左の脇に抱え、右手でルナの手を握って歩き出した。その時一瞬俺の方を振り向いて、ふざけた変顔してきやがったからマジで顔に青筋が立った。マナの「お兄ちゃん抱っこ」の一声で我に帰ることができたが、やっぱりこのクソガキは許せねぇ。絶っっっ対に何年後だろうがルナの彼氏になんてさせねぇ。そんな気持ちが顔に出ていたのか、ナマエちゃんはまた爆笑していた。

「三ツ谷くん面白いなー」
「全っ然面白くねぇから」
「マナちゃん抱っこするんでしょ。買い物袋持ってあげる」
「いーよこんくらい。重くねぇから」
「どうせ途中までだから、手伝わせてよ」

 ナマエちゃんが俺の手から買い物袋を奪い取ったとき、指がぶつかり合った。「あ、ごめん」と小さく一言謝ってきたその声もなんだかむず痒くて心臓が浮つく。また自分の中の何かを誤魔化すように手早くマナの小さな体を抱き上げた。前にルナとコータが歩き、その後ろを俺達が歩く。ナマエちゃんとの間にあるわずか数センチのこの距離が、余計に俺の心をもどかしくさせた。
 



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