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「カレシできた」
「あ゛?」

 スーパーで買って来た食材を冷蔵庫に入れてるとき、背後から妹にそんな声を掛けられた。何言ってんだコイツ?カレシ?この間まで保育園通ってたお前が?は?何言ってんの?思わず目を細めて低い声を出してしまったが、さすが俺の妹。特段ビビってる様子は見られない。

「だーかーら!カレシ!」
「は?どこのどいつだよ」
「同じクラスで隣の席のコータくん!」

 いやだから誰そいつ?時々学校での出来事は聞いてるけど、そんな奴の名前聞いたことねぇんだけど?つーかどこで覚えたんだよ彼氏なんて言葉。絶対意味わかってねぇで使ってんだろ。

「お兄ちゃんカノジョいるー?」
「いねぇけど」
「やったールナの勝ちーっ」

 …落ち着け、落ち着け俺。相手は小学生だ。しかも俺が赤ん坊の頃から散々世話してきた大事な妹だ。喧嘩と違って、恋人の有無では勝ちとか負けなんてねぇって分かってんだし冷静にスルーすればいい。そう心を落ち着かせながら冷蔵庫の中を見て「今日カレーな」と言えば「またぁ?」なんて言われるもんだから、さすがにイラっとした感情を抑えるのは難しかった。

「おいルナ!」
「あ、今からコータくんと公園で約束してるから行かなきゃ!」
「は?」
「行ってきます」

 張り切って出ていこうとするルナの腕を無意識に掴んで、無意識に口から出た言葉は「兄ちゃんも一緒に行く」だった。これは決して妹にイライラしたから嫌がらせのつもりで発した言葉ではない。純粋に心配だから。ガキのくせにカレシだカノジョだ言ってるそいつのツラを拝んでやりたかったから。なんなら文句言って脅してやるべきだと思ったから。俺のそんな黒々とした感情に気づかないのかルナは何も疑問に持たず純粋無垢な顔で俺と一緒に玄関を出た。道に出ればにこにこと俺の手を握ってくるあたり、やっぱりコイツは可愛い妹なのだ。

 公園に着くや否や、「コータくん!」とカレシ(俺は認めないけど)の名前を呼んでそいつがいる砂場へ駆けていった。…ふーんアイツね。特段これといった特徴もないよくいるTシャツ短パンのガキだった。…さて、なんて言ってやろうか。まさかこんな歳の離れた兄がいるとはあのガキも思ってないだろう。伊達に東卍の二番隊隊長やってるわけじゃねぇんだし、ちょっと脅してやればビビってルナに今後近づかなくなるだろう。「俺の妹のカレシとか名乗ってんのお前?いやお前にはまだ早ェだろ(笑)ルナの周りもうウロつくなよ」…こんな感じでいいだろうか。

 脳内でばっちりシュミレーションをしてから砂場に足を進めていると、砂場の横に立つ一人の女子中学生がいることに気づいた。制服的に隣の中学だろうか。なんで中学生が砂場に?そんな疑問を頭に浮かべていると、その子とばちっと目が合った。そしてなんとなく、お互い会釈。

「…こんにちは」
「こんちは」
「えーっと、ルナちゃんの…?」
「兄です」
「あ、いつもお世話になってます。コータの姉です」

 ぺこり、と彼女はもう一度頭を軽く下げてきた。砂場で遊んでいるコータは「ルナって兄ちゃんいたんだなー!」と言っている。いやお前さ、何呼び捨てしてんの?ルナちゃんて呼べよ。馴れ馴れしいにも程があんだろ。

「すみません、なんか弟が、その、ルナちゃんと…」
「付き合ってるって?」
「うーん、まぁなんかそんな感じのこと言ってて、ちょっと心配で一緒に来たんですけど。だってまだこんな小さいのにカノジョなんておかしいじゃないですか」
「全く同感っす。カレシの意味とか分かってねぇだろって思いつつも、何かあったら嫌なんで俺もついて来たんですよ」
「歳の離れたキョウダイがいるとなんか心配になりますよね」
「ほんとそれ」

 軽く笑いながら、彼女はポニーテールから解れかけていた髪を耳に掛けた。俺もつられて笑うとまた彼女も笑い返してくれて、なんだかそんな表情だけの短いやりとりがくすぐったい。

「カレシカノジョって言ってもまだ公園で遊ぶくらいの仲だし、温かい目で見守ってるのが良さそうですね」
「あー……そっすね。」

 この姉の方はすげぇまともそうだけど弟の方がどういう奴かまだ分からねぇし、正直見守ってるだけなんかじゃ俺のこのむしゃくしゃした感情は消えそうにない。砂場で遊ぶコータに「てめぇルナに指一本でも触れてみろ。ブン殴るぞクソガキ」と念を送ってみるが、ちっとも気づきやしなかった。やっぱクソガキだ、こいつ。

「ルナちゃん、可愛いですね」
「え?あ、そーっすか?」
「うん。コータのカノジョだなんて勿体ないぐらい」
「いやカノジョだとかまだ認めてねぇから」

 思わず溢れた心の中の本音。あ、やべと思った時には時すでに遅し。コータの姉ちゃんはぽかんとした顔をした後、腹を抱えて笑い出した。

「やだ、薄々感じてたけどやっぱり…!お兄さん、本当はめっちゃ怒ってるでしょう?」
「…バレた?」
「公園に入って来た時から怒りのオーラ放ってましたよ?」
「放ちたくもなるよ。なにがカレシカノジョだよ。生意気なクソガキだと思わねぇ?」
「あはは、その通りだね」

 一頻り笑い終えた彼女は、目尻に溜まった涙を掬っていた。まぁ別に…いいんだけどさ、このぐらいの歳の子のカレシカノジョなんて。どうせ席が遠くなったりクラスが離れたりしたらこの関係は終わるんだろうし。たまたま学校で近くにいて話すと楽しい異性のクラスメイト。そんだけだろ。カレシだったとしてもこの歳なら手を繋ぐとかその程度のスキンシップだろうし。ちょっと過剰に心配しすぎたかな。

「…ま、これからもうちの妹と仲良くしてもらえたらと思います」
「すごい棒読みですねぇ」
「そんなことねぇって。気が合うならとことん一緒に遊べばいいと思うし。友達として、なら」
「お兄さん、すごいルナちゃんのこと可愛がってるんですね。いいお兄さんだ」
「それを言うならそっちだって……あ、そういえば名前は?俺は三ツ谷隆」
「ミョウジナマエです」

 時折「姉ちゃん見て!」と声を掛けてくる弟に笑顔を向けている彼女だって、すごくいい姉に見える。まぁこうやって見てるとコータだって純粋な可愛い男の子に見えてくるのは…なんでだろう。クソガキクソガキって思っていたけど、相手のことも知らずにそんなことを思って脅してやろうだなんて大人気ないこと考えていた俺が一番のクソガキだったのかもしれない。

 そのあと日が暮れるまで、ナマエちゃんと公園で遊ぶ二人を眺めながらずっと話していた。こんなに女の子と会話が弾んだのはすげぇ久しぶりだった。




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