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「ナマエちゃんいらっしゃい」
「お邪魔します」

 ナマエちゃんと出会って早三ヶ月。気づけばちょくちょく家に呼んで二人で過ごして彼女が泊まっていく。そんな流れができていた。

 ナマエちゃんが10年前の元カレに苦い思いをさせられてから誰ともシていなかった、というのは正直驚いた。所謂セカンドバージンってやつ?初めてそういう子とヤったけど、でもまぁそんなことは大して気にならなかった。痛いながらも彼女は彼女でオレとシたい意思はあったみたいだから。それなら応えたいと思った。

 ナマエちゃんはこの10年間男に無縁だったのが不思議なくらい可愛い子だ。初めて寝た時も思ったけど、男心擽るようなことを無意識的に言ってくる子だ。たぶん今までも男に言い寄られたことはあるんだろうけど、10年前の出来事のせいで男のことを自ら遠ざけてたんじゃないかと思う。

「何作ってくれんの?」
「チキンのトマト煮込み、的なの」
「へー。オレ洋食全然作れないから楽しみ。期待して待ってるね」
「いやあの!超簡単なやつだから!期待とかしないで、本当に」

 まるで自分がトマトに煮込まれたように、ナマエちゃんは顔を赤くした。こうやってすぐ顔を赤くするのも彼女の特徴かなと思う。今なんて大したこと言ってるつもりないんだけどな。まぁちょっと耳元で囁いちゃったけど、別にこんなこともう何回もしてるし。

「出来た?」
「うん、あと仕上げに粉チーズかけると美味しいよ」
「え、うちそんなもんねぇよ?」
「だと思って買ってきた」

 スーパーのビニール袋からナマエちゃんは粉チーズを出してにこりと笑った。こうやってオレの家に何が無さそうかとか、冷蔵庫の中身をある程度把握されるくらい彼女とは一緒にいることが増えた。こんなことで自分のこと理解してくれてるって感じるオレは単純なのかもしれない。でも純粋に嬉しい。ちゃんとオレのこと見ててくれてるんだと思うと。

 ナマエちゃんが作ってくれた料理は今日も美味かった。自分で作らないような洋風なやつとか、ちょっと凝ったやつとかいつも作ってくれる。うまいね、良かった、また作ってよ、いいよ。なんて会話をするのもいつものこと。…つーかこれもう彼女じゃん。定期的に家で会って料理してくれてセックスもする。どう考えたって彼女じゃん。


「ナマエちゃん、こういうのしたことある?」
「…え?いや…」
「へぇ。じゃあこういう体位は?」

 表情を固めながら、彼女は首をブンブンと横に振った。最近のオレのブーム。ベッドの中でナマエちゃんがしたことないであろう事をあれこれ聞くこと。あ、もちろん聞くだけじゃなく実行にも移すけど。あたふたするナマエちゃん、顔を赤らめて両手で顔を隠すナマエちゃん。そんな彼女が可愛くて気付けばこうやって揶揄うようになってしまった。完全に好きな女子に意地悪なことを言う小学生男子みたいな心理。我ながらやべぇなとは思う。

「今日はどんな新しいことしたい?」
「えー…もういいよ普通で…」
「別にいつも普通だって」

 言っておくけど、別にアブノーマルなことはしてない。ただナマエちゃんは経験値がほぼ0だったからそう感じちゃってるだけ。でもそんなだからこそ彼女の反応はいちいち新鮮で可愛かった。最近はオレのこんなところにも慣れてきたのか、時々余裕そうな顔見せたり、でも次の瞬間には甘えてきたり。表情と態度ころころ変えてくるのはずりぃと思う。ハマらない方が無理。

「三ツ谷くん…明日何時起き?」
「7時くらい」
「まじか…私明日朝イチでミーティングだからもう少し早く起きたい」
「そうなの?ごめん無理させて」
「ううん全然…」

 オレのTシャツをすっぽり被ってオレに抱きつくようにして目を閉じる。最近仕事溜まってて忙しいって言ってたし疲れてるんだろう。ナマエちゃんの背中を暫くリズム良く撫でているとあっという間に寝息が聞こえてきた。寝るの早ぇな。やっぱ疲れてるよなぁ。仕事後にわざわざうちまで来てもらって飯作ってもらって更にオレにこんな抱かれて。そんな彼女のことを想うと無性にくっつきたくなり、目尻をとろんと下げて眠るナマエちゃんの瞼に小さくキスをした。心なしか口元が少し緩んだように見える。

「…告る…べきなのかな……」

 気づいてはいた。たぶんオレはとっくにナマエちゃんのことを好きになっている。この子が彼女だったら安らぐし大切にしたいと思えるし。つーか今でもオレらのこの過ごし方はどう考えたってカップルそのものだと思う。ただ体の関係から始まってしまったから、交際するとかしないとかそういう言葉を交わしてないだけで。もしかしたらナマエちゃんの中でオレは彼氏ってことになってるのかも?と時々都合のいい解釈をしてしまう。だってこんな懐いてくれてるし。

 いやでも、もしかしたら彼女が最初オレと寝たのはセカンドバージンを捨てたいという理由だけだったかもしれない。なんとなくオレのこといいとは思ってくれていても、付き合うとなると別問題かもしれない。…いや実際そうだろ。元々お堅めで慎重なタイプの子だ。オレとヤって経験値上げておいて、いつかできた本命の男の前で恥かかないようにって思っている可能性もある。でももう十分経験値は上げたよな?なのにまだオレとの関係切らない理由って?

「あーー…くっそ…」

 20代後半で女の子の気持ち読めなくてこんなうだうだ悩むなんて、思わなかった。

 ◆

「じゃあ行ってきます!」
「いってらっしゃい」

 眠ぃけど、まだ寝ている時間はあったけど、ナマエちゃんを見送りたいから彼女の時間に合わせて早く起きた。きっちりと綺麗めオフィスカジュアルな服装の彼女とは対照的にスウェット姿のオレは、欠伸を我慢しながら玄関に立った。

「…なんかさ」
「ん?」
「同棲してるみたいだね、こういうやり取りしてると」

 顔を赤らめてナマエちゃんはそう言った。でもすぐに自分の言った言葉が恥ずかしくなったのか、慌ててパンプスに足をつっこみ、転びそうな勢いで玄関のドアノブに手をかけた。

「ナマエちゃん!あぶねっ」
「あ、ごめっ…!」
「足くじいてない?」

 大丈夫、と顔を上げずに彼女は言った。とりあえずホッと安心ながら頭を撫でた。ヒールを履いているからいつもより頭の位置が高い。それでも俯いているナマエちゃんの顔は見えなかった。

「ナマエちゃん…今日も、うち来る?」
「…え?」
「もうさ、同棲みたいになっても…良くね?」

 驚いた顔でオレを見上げて来た。昨夜うだうだ考えていたせいで寝不足気味だから、オレの思考回路はおかしくなったのかもしれない。でももうあんなに悩むくらいならハッキリさせてしまえばいい。ナマエちゃんのことが好きなんだから、毎日でもオレの家に帰って来てほしいし。

「えっ…と……ご、ごめん今日は」
「あー…予定有りな感じ?」
「うーん、えーっと……そう。ちょっと今夜は都合悪い」
「そっか。じゃーまた…連絡するよ」
「うん。ごめんね、ありがとう」

 行ってきます、と笑顔でナマエちゃんは出て行き玄関の戸がガチャンと閉じた瞬間オレはその場にしゃがみ込んだ。

「……あーーー…やっちまったかも…」

 あれ絶対ェ嘘じゃん、今日は都合悪いって。絶対ェ予定ないやつじゃん。確実にオレの言葉に戸惑ってた。言うんじゃなかった。やめておけば良かった。告白すらしてねぇのに同棲とか言った1分前の自分を殴ってやりたい。でも同棲してるみたい、なんて言うナマエちゃんが悪い。そんなこと言われたらああも言いたくなる。

 で、とりあえず。オレどんな感じで今度あの子に連絡すればいいんだ?





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