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私の初体験はあっけなく終わったし、美しい思い出でもなんでもなかった。

 高校で結構人気だった一つ上の先輩。よく話すようになって良い雰囲気だったしこれは付き合う流れなんだなと思っていた矢先に、家に誘われ私の処女はあっさり奪われた。前戯と言われるであろうものもほぼなく、先輩がしたいようにされて終わった。痛みと驚きと戸惑いしかなかったけど、こういうものなんだって思ったし、きっとこのまま付き合うのだろうと馬鹿な私は喜んでいた。が、そんな展開にはならず2、3度致しただけであっけなくその人との関係は終わった。

 よって、私の中で性行為なんて嫌な思い出しかないし、痛みしか感じられなかったし、何より男という存在がもう嫌になった。……そして気づけばそれから十年経ち、私は立派なセカンドバージンなアラサーになった。

 ◆

「ナマエちゃん、三ツ谷です。よろしくね」

 華の金曜日。仲良しの友達と二人きりの楽しい女子会の途中、友達の彼氏がたまたま近くまで来ているとのことで合流することになった。登場したのは友達の彼氏、とそのお友達、三ツ谷隆くん。お洒落なイケメンさんというのが第一印象だった。

「こちらこそ、よろしくね」

 拗らせセカンドバージンアラサーな私は、結局一度も彼氏ができないままこの歳になった。彼氏はいたことないけど処女じゃない、なんておかしい経歴が私を更に卑屈にさせたのか、合コン等の出会いの場を心の中で小馬鹿にして足を運ばなかった。ぼーっとしてりゃそこそこかっこいい人と出会って付き合える。だって私結構イケてた先輩と昔エッチしてたんだから。なんて…過去のクソみたいな栄光に縋って生きていたらこんな虚しい結果になってしまった。

 高校以来誰ともシてないし彼氏もいない。本当は寂しさと虚しさと恥ずかしさで押し潰されそうだった。

「ナマエちゃん、お酒どういうの好き?」
「普通にビールとか…」
「ビールか。オレも好き。頼んでいい?」
「あ。お願いします」

 しかしこの目の前に座る三ツ谷隆という男性は、すごーく綺麗なお顔をしてすごーく優しい喋り方をするし、こんなつまらない受け答えしかしない私にもちゃんとまっすぐ接してくれる好青年だった。年齢、仕事、住んでる場所など初対面の人間と交わすありがちな会話が一通り済んだあと聞かれることと言えば、

「ナマエちゃん彼氏はいんの?」

 そう、やはりこれである。

「えっと…暫くいなくて」
「暫く?どんくらい?」
「まぁ…そこそこ暫く、です」
「へぇ、そっかぁ。じゃあオレと一緒だね」
「そ、そうなんだ」

 アラサーで彼氏一度もいたことない、と言える勇気はやっぱりなくて、周りにはいつも「暫くいない」と言っていた。隣に座る友達にもそう言ってあるから彼女は自然に「三ツ谷くんナマエにいい人紹介してあげてよ」なんて、ちょっと酔っ払いながら絡んでいる。

「いい人?いるじゃんここに」
「わ、三ツ谷くん自分でそういう事言っちゃう人なんだぁ
「ジョーダンだって。あ、ごめんなナマエちゃん、気にしないで」
「あ、うん、全然」

 ノリのいい友達の発言にノリのいい返答ができて、尚且つ私への気遣いもできるイケメン。すごくいいなぁと思うと同時に自分とは合わなそうだなぁと思った。きっといわゆる優良物件なんて言われるであろう類の男性は、自分みたいな拗れた女と合うとは思えない。デザイナーなんて職業柄もあり、どうせ女慣れしてるしいっぱい遊んできたに決まってる。絶対チャラい。なのに、三ツ谷くんのその人柄と雰囲気に、異性に免疫がほぼない私は吸い込まれそうになっていた。

 だから帰り際に連絡先を聞かれても躊躇うことなく教えちゃったし、二人きりでご飯行かない?と連絡が来た瞬間に私は彼に落ちてしまっていたんだと思う。たぶん。

 ◆

「美味いね、ここの料理。ナマエちゃんよく来るの?」

 いつもより確実にめかし込んだ服装で挑んだ三ツ谷くんとの初デート。私のおすすめの居酒屋を紹介したくて連れて来てみたら、とても気に入ってくれたようで安心した。

「うん、雰囲気もいいしよく来るよ」
「そうなんだ。食器も可愛いし料理も凝ってていいね」
「インスタにたまにお店のレシピ載ってるからこの間作ってみたんだけど、そんな難しくなかったよ?」
「ナマエちゃん料理するの?」
「まぁ一人暮らしだし、ある程度は」
「へぇ…いいなぁ食べてみたいな、ナマエちゃんの手料理」

 こういう時可愛い女子だったら「えー今度食べにきてー」って言えるんだろう。そう言われたら相手も悪い気はしないと思う。でも私はそんなこと言えるはずもなく、適当に乾いた笑いで三ツ谷くんの言葉を交わして終了した。だって手料理って…家行きたいって言われてるようなもんじゃん。無理、そんなの。

「ナマエちゃんの元カレってどんな人だったの?」

 ちょっと沈黙が走った途端にほら来た、恋愛話。一番触れられたくないところなのに。

「どんなって…」
「あ、じゃあ質問変える。どんな人がタイプ?」
「そうだなあ…優しくて誠実で急に関係切ってこないで自分よがりじゃなくて丁寧な人かな」

 息継ぎもせず一気に自分の口から溢れた言葉たち。言い終わってからハッとした。いや…何言ってんの私。これじゃあまるで高校の時の先輩の正反対のタイプじゃん。十年前のことを、やっぱりまだ引きずって……

「ん?最後のなに?どういうこと?」
「え!?」
「自分よがりじゃなくて丁寧って…何、セックスのこと?」

 かあっと自分の顔が赤くなるのが感じた。ほんとなに言ってしまったんだ私。会うの2回目の男性になんてことを…。恥ずかしさを誤魔化すために私は急いで口を開いた。

「みっ三ツ谷くんはどういう人がタイプ!?」
「オレ?オレは…そうだなー」

 手を顎に置いて少し考え込む三ツ谷くんの仕草をチラッと横目で見るのが精一杯だった。今顔を上げて真正面からこの人の顔を見る勇気はない。まだ赤くて熱い自分の頬に緩くなったおしぼりを当てながら、じっと時が過ぎるのを待った。

「凝ってる料理をサラッと作っちゃう料理上手な子とか」
「……」
「手料理食べたいってアピってる男がいてもそう簡単に家に呼んでくれなそうなちょっとお堅い子とか」
「……」
「元カレの嫌な思い出で悩んでる子とか?なんか構いたくなって救いたくなるよね」
「…そう?」
「うん、オレはね。すげぇグッと来ちゃう」

 そう言って彼はテーブルの下でちょんと私の靴を優しく蹴った。…だめだ、この男、絶対女落とすの慣れてる。

 この変な空気感から脱したくなり、私はいつもよりたくさんお酒を飲んでしまった。それ故か饒舌になってしまったし、三ツ谷くんにも「ナマエちゃんこんなお喋りだったの?」と笑われる始末。別に、気の知れた女友達といる時は結構喋る方だしこれが本来の自分なんだけどな。いやしかし会って2回目の男性の前でこんな喋るなんて、私この人に気許しちゃってるのだろうか。そんな馬鹿な、こんな出会ったばかりの人に気を許すなんて……。でもふと目が合えば目尻を緩ませて柔らかく微笑むそのタレ目に、やっぱり私もつられて目尻を緩ませてしまう。


「ねぇ、ご馳走様してもらわなくていいよ」
「だーめ。ここは払わせて、初デートなんだから」

 デートだなんて久しぶりすぎる響きにドキッとしながらも、ここは引き下がって彼に奢ってもらった方が女として可愛いかな、と悶々と考えている間に三ツ谷くんはお会計を済ませてしまっていた。彼が店のドアを開けてくれたので慌てて外に出ると真夏特有のムワッとした空気に襲われた。アチーね、とシャツの襟元をパタパタと仰ぐ三ツ谷くんに、そうだねと返している間にも自分の額に汗がじわりと出てくるのを感じた。

「まだ時間ある?」
「え?うん」
「暑いし涼みにいかない?」
「どこに?」
「ナマエちゃんが元カレの嫌な記憶を上書きできるとことか」
「……ん?」
「ダメですか?」

 心臓がドクンと鳴った。これは…露骨に誘われているとさすがの私でも分かった。間違いなく私の目の前には今、セカンドバージンを卒業させてくれそうなイケメンがいる。しかもちょっといいかもって思っていたイケメンだ。でもこれじゃあ高校の時の二の舞になってしまう。付き合えそうだけど、付き合っていない人との性行為。きっと三ツ谷くんだって、事が終われば私の前から消えるに決まっているのに。

「ごめん、急にこんなこと言って。嫌だったら全然いいから」
「…いいの?」
「あー、うーん、いや、よくねぇけど。よくねぇけど、いきなりこんなの無理って思うなら断って。ナマエちゃんに嫌われたくないし、ゆっくりそうなっていければいいと思うし」

 彼は単に体目当てじゃないということを言っているんだと思う。そんな彼の言葉に、男に免疫のない馬鹿な私はこの人はきっと高校の時の先輩とは違うと思ってしまった。いやでも、そうかもしれないけど、ならなんで初デートですぐこんな展開に持っていこうとするのだろう。

 三ツ谷くんはまたアチーね、と言いながら笑った。緊張と戸惑いで、私の額からはさっき以上に汗が噴き出していた。ツーっとフェイスラインを伝って流れる汗。気持ち悪いから拭おうとしたとき、三ツ谷くんはそこに手を這わせて少しカサついた指先で私の汗を拭った。彼のとった行動に思わず身が固まってしまう。でも、何故だろう。こんなことをした三ツ谷くんがさっきより魅力的に見えてしまう。だから私は心の中で、ずっとずっと誰かに言いたかった台詞を唱えてしまった。

「…三ツ谷くん」

 私のセカンドバージン、奪ってください。




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