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学校にやたら荒れてて目立ってる不良がいた。顔もやたら傷だらけできっと喧嘩ばっかりなんだろうなぁって感じの人。授業にも全く出ない人。もはや在籍してるのかすら怪しい人。でもそんな彼が時たま登校して教室にいるとき、私は目が離せなかった。




「三途くん」

夜、ふとコンビニに買い物に行ったら店の前でしゃがんでいる彼がいた。声をかけようかなんて迷う瞬間もなく、私は彼を視界に捉えた途端に彼の名前を呼んだ。


「あ?」
「何してるの?」
「誰だよ」
「同じクラスのミョウジナマエ。ナマエでいいよ」
「すげー馴れ馴れしいなオマエ」
「よく言われる」

勝手に三途くんの隣に座る。喧嘩した後なのかまた顔や腕が傷だらけだ。黒い特攻服も土埃のような汚れがたくさん付いている。


「喧嘩帰り?」
「おー」
「手当てしないで大丈夫?絆創膏コンビニで買って来たら?」
「いらねぇよこんくらいで」
「ふぅん、そっかぁ。ここで何してるの?」
「腹減ったからパン食ってた」
「そっかぁ。ねぇ明日学校来る?」
「…オメェはよ、」
「オメェじゃなくてナマエ」
「…ナマエは、なんでオレなんかに話しかけてくんだよ。クラスメイトっつってもオレお前のこと全く知らねんだけど」

本当に疑問に思っているような、そんな瞳で三途くんは聞いて来た。きっと学校で彼に話しかける女子なんて滅多にいない。むしろみんな避けてる。でもさ、避けてばかりじゃなぁんにも三途くんのこと分からないじゃない。


「三途くんがどんな人なのか興味あるから」
「はぁー?」
「人に話しかける時なんて、その程度の理由がほとんどじゃない?」
「しらね。そんなこと思ったことねぇし」

三途くんは予想通りぶっきら棒な喋り方だった。目だってろくに合わせてくれない。でも私という得体の知れない女が隣に座ることは拒否しない。そんな男の子だった。

色素薄めな顔に長い睫毛。こんな近くで見たのは初めてだけど女の子顔負けのキレイな顔立ちだと思った。ただマスクをしているから顔の半分は分からない。どんな顔をしているのか、どんな口元からその言葉は発せられているのか、気になった。


「!?てめっ」
「なんでいつもマスクなの?」
「いーだろンなこと!勝手にとってんじゃねぇよ」
「折角キレイなお口なのに」
「…は?」
「ん?」
「…口元の傷でオレは損してるからって、隊長がマスクくれたんだよ。それでいつもしてる」
「そうなの?損って何が?」
「知らねー…」
「顔に傷の一つや二つ、不良ならチャームポイントみたいなもんじゃん」

そう言うと三途くんはポカンと口を開けて目を見開いていた。そして数秒後、お腹を抱えて笑い出した。

「お前、変わってんな」
「お前じゃなくてナマエね」


それからと言うものの、三途くんは学校に時々来たかと思えば私のそばいた。時には一緒に下校したり、どこかに寄って帰ったり。そうしている内に、二人きりで私の家で過ごすことも増えた。年頃の男女が密室に二人きりだというのに、私たちはそういった所謂恋人のような空気にはならなかった。別にそれが悲しいとか悔しいとか、そんな気持ちは湧かない。私は三途くんに興味があって友達にはなったけど、彼に恋はしていなかったから。

でも、これが妙な関係だってことくらい自覚している。恋人でもないのに頻繁に二人で部屋で過ごすなんておかしいと思う。三途くんはよく喧嘩した後や、何か心が落ち着かないときに私の家を訪れた。私は彼を少し宥めつつ、ただ彼が落ち着くまで一緒に過ごした。


「ナマエはオレの治療薬みてぇなもんだ」
「どゆこと?」
「心にポッカリ穴が開きそうな時、オマエといればなんとなく治るんだよ」
「そうなの?なら良かった」

心に穴なんて一体何があったのか気にはなるけど、深く立ち入ることはしないでおいた。三途くんだって私に聞いてほしければ自ら話すと思うから。話してこないってことは、私に知られたくないことなんだと思う。だったら何も聞かぬまま、ただ彼に寄り添っているだけの存在で在りたかった。







「ナマエ!」
「…三途くん、来てくれたの」
「オメェが呼んだんだろーが!」

私たちは互いの連絡先は知っていたけど、連絡することなんてほぼなかった。三途くんはいつも突然私の家に押しかけて来たし、私は彼にこれといって用事もないから呼び出すこともなかった。でもその日、私は初めて三途くんの携帯を鳴らした。きっと彼はとんでもなく驚いただろう。


「大丈夫かよ」
「うん…覚悟はしてたから」

私をずっと育ててくれていた祖母が死んだ。親が早くに亡くなった私にとって、実質の親は祖母だった。ここ数ヶ月は入退院を繰り返していたから、体の調子は芳しくないのは分かっていたけど。

「いよいよ本当に一人になっちゃった…」

お通夜の時もお葬式の時も、涙は出なかった。でも今、こうやって言葉にした途端、ぶわっと涙が溢れて来た。初めて見る私の涙を三途くんはただじっと見ていた。女の泣き顔をただじっと見てるだけとは、なんてイイ趣味をしてるんだこの男は。次から次へと溢れ出る涙。三途くんはその一粒を指で掬ってこう言った。


「泣き止むまでここに居てやるよ」
「……」
「必要なら一晩でも二晩でも居てやる。ナマエがオレに居てほしいと思うまで」
「三途くん…、珍しく優しいね」
「オレはお前に優しくなかった事なんてねぇはずだけど」

ただ隣に座る三途くんに小さな声でお礼を言うと、オウといつものトーンで返事が返って来た。私はただひたすら泣いた、祖母との思い出を思い出しながら。そしてこれから一人でどうやって生きていこうかと考えると、不安でまた涙が溢れたのだった。
日が暮れる頃、三途くんは私の隣から立ち上がった。いい加減帰りたくなったのかな、それともお手洗いかな。泣き腫らした目で彼を見上げると、三途くんは手を差し伸べてくれていた。


「寝ようぜ」
「っえ?」
「もう寝て、一旦頭切り替えようぜ」
「寝れるかな…」
「寝かせてやる。来い」

私の手を引き、三途くんは行き慣れた私の部屋に進んでいった。別に彼がうちに泊まることは初めてではなかった。真夜中に訪問されたこともあったし。でもこうやって同じ布団に入るのは今日が初めてだった。


「ねぇ、やっぱ眠れない」
「目瞑ってろ。あんだけ泣いたんだから寝れる」
「目が冴えちゃって…。ねぇ三途くん、子守唄でも歌ってよ」
「歌うかボケ」
「じゃあさ、抱いてよ」

隣に寝転がる整った顔が、ゆっくりとこっちに向けられた。

「抱かれたら寝れんのかよ」
「安心して眠れるかも」
「変な女」
「そんなこと分かってたでしょ」
「言っとくけどオレは優しくしてやれねーぞ」
「いいよ。その方が気が紛れそうだから」

本当にそれでいいと思った。大切な人を失った悲しみは人の温かみで埋めたらいいと思ったから。

横にあった三途くんの体から私の真上に来た。上から私を見下ろす三途くん。こんな角度から彼の顔を見るのは初めてだ。女の子のように長い髪がさらりと落ちて来て、彼の表情を隠した。それをそっと指に取り彼の耳にかけると、悲しい顔をした三途くんがそこにいた。

「ナマエ…」
「はい」
「オレが…忘れさせてやるから、ぜんぶ、全部…」
「ありがとう、三途くん」

悲しい顔で優しい言葉をかけてくる彼は、この世で一番非情で温厚な人なんだと思う。ああ、境界線を崩壊させてしまう。何もせずとも、ただお互いを必要としていたあの脆い関係性を壊してしまう。ごめんね、三途くん。あなたがずっと私に何も手を出してこなかったこと、感謝しているよ。そばにいてあなたの心を癒すだけの治療薬が、こんなこと言い出してごめんね。

でも私に今生きる意味を与えてくれるのは、あなただけなんだよ、三途くん。






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