三ツ谷先輩に揶揄われる






「ナマエちゃーーんっ」

体育が終わり教室に戻ったものの、更衣室に忘れ物をしたことに気づいた。次の授業が始まるまでにダッシュで取りに行こうとしたところ、廊下で声を掛けてきたのは先輩達。その中には実の兄と…三ツ谷先輩の姿もあった。

「何してんのー?」
「えっと、忘れ物しちゃって」
「よーしオレ達も一緒に取りにいってあげよう!」
「いやいーだろそんな事しなくて」

兄のツッコミに湧き上がる笑い声。どう反応していいのか分からず、とりあえずつられたように私も笑っておいた。お兄ちゃんはただただ呆れていて、その横で他の先輩達は笑っている。あ、三ツ谷先輩も笑ってる。珍しい。

お兄ちゃんはまぁまぁヤンチャな方で、だからか自然と三ツ谷先輩と仲良くなったようだ。特に今年同じクラスになってからはぐんとの距離が縮んだらしく、他のちょっとヤンチャな先輩達含めて4、5人でよく一緒にいる。三ツ谷先輩はとーまん?とか言う暴走族に所属する本格派だが、お兄ちゃんはさすがにそこまでする気ないと言っていた。基本兄とは意見が合わず言い争いの毎日だが、そこは意見が一致して本当に良かったと思う。

しかし三ツ谷先輩が暴走族っていうのはイマイチぴんと来ない。だってお兄ちゃんの友達の中で一番マトモな性格してると思うんだけど。だってほら、目が合えばふわりと優しく笑ってくれるし。

「ナマエちゃん、さっき体育だったの?」
「あ、はい。わかります?」
「うん、なんか汗の匂いする」
「えっっうそ!?」

どれどれ?と嗅ごうと他の先輩達が近づくと三ツ谷先輩がおめーらヤメロって、と言って跳ね返してくれた。ほら、優しい。匂い嗅ごうとする先輩達より何倍もマシな性格をしている。いやそれよりも…自分が汗臭い(らしい)ことにショックを受け、思わず三ツ谷先輩から一歩離れた。

「嘘だよ」
「えっ?」
「制汗剤のいい匂いしかしないよ」
「えっ?…あ、そうでしたか…」

三ツ谷先輩は優しい。けど、こうやってしょっちゅう私を揶揄ってくる。お兄ちゃんもそんな私を見てバーカって笑う。ほんと…男の子ってみんないい性格してるよね。

「ナマエちゃん、焦った?」
「焦りますよそりゃ…」
「ははっ、かーわいっ」

ほら、また揶揄う。この手の揶揄い方はどう反応していいか分からないから一番困るんだ。怒ることもツッコむこともしずらい。だから私はいつもこの状況になるとその場を離れた。今回も忘れ物取りに行くところなんで、と言い先輩達から離れるしかなかった。

「三ツ谷さー目の前で妹をああやって揶揄うのやめてくれるー?見ててむず痒いんだけど」
「ごめんごめん、ナマエちゃん可愛いからつい」
「お前それ自分の妹達と重ねてんだろ」
「ははっ」

背後から聞こえてくる兄と三ツ谷先輩の会話。あーあ聞くんじゃなかった。可愛いと言われるのは勿論嬉しいことだが、なんかこう揶揄われて言われてるのは素直に喜べない。

その晩、お兄ちゃんに三ツ谷先輩の妹が何歳なのか聞いてみたところ、小学校低学年と保育園児の妹がいると言われた。先輩はそんなちびっ子と私を重ねて見て可愛いと言うのか。うん、やっぱり素直に喜べない。



翌日、自分の鞄の中にお兄ちゃんの三者面談の用紙が入っていることに気づいた。そう言えば昨夜、お母さんが三者面談のプリントを書いていたけど間違えて私の鞄に入れてしまったんだろう。提出期限は今日だと言っていた気もする。…仕方ない。私は重い腰を上げ教室を後にした。

上級生のフロアは何故こうも行きづらい雰囲気があるのだろう。廊下の構造も、窓や教室の配置も全部自分のところと同じはずなのに。緊張した足取りで、周りの上級生の視線を感じながら長い廊下を進む。兄の教室が一番奥にあることをこれほど恨んだ日もない。

教室にたどり着いたはいいが、次が移動教室なのだろうか、教室にはほぼ誰もいなかった。残っていた人に声を掛けようと思っても、急いでいるようだったから話しかけられず終わった。どうしよう、お兄ちゃんの席どこだろう。教卓にでも置いておけばいいかな。いやそれよりも勝手に3年生の教室に入っていいものだろうか……。


「だーーれだ」

教室の入り口でしどろもどろしていると、少しひんやりとした手に後ろから目隠しされた。ゴツゴツと骨張った長い指が突然自分の目を覆うという出来事に驚いて私は声も出なかった。いやでもわかる。耳元で鼓膜を刺激したこの声も、この手の悪戯をしてくるのも、他でもないあの人だ。

「…三ツ谷先輩でしょ」
「あーたりっ」

視界が明るくなったと同時に顔を覗き込まれた。びっくりしてよろめく私の背中を先輩は軽く片手で支えてくれる。

「こんなとこで何してんの?」
「お兄ちゃんの忘れ物届けに…」
「じゃあ預かるよ」

そう言って三ツ谷先輩はプリントを右手で受け取り、空いてる左手で私の頭を撫でてきた。

「3年の教室って来づらいのに偉いな」

くしゃくしゃと前髪のあたりを乱暴に撫で回すその姿は、なんだかよくあるお兄ちゃん像的なものに見えてきた。自分の妹にもよくこうやっているんだろうなというのが安易に想像できてしまう。

「あ、ごめん気安く触って」
「別に…さっきも目隠しして来てたじゃないですか」
「あそっか」
「三ツ谷先輩よくこういうこと自分の妹にもしてそう」
「バレたか」
「ていうか私も先輩の妹的ポジションなんですか?」

全然深い意味はなく聞いたつもりだ。でも三ツ谷先輩が目を見開いてこっちを見てくるからハッとした。やばい…これじゃあまるで私のこと女として見てくれてないんじゃないの?って聞いてるみたいに思われても不思議じゃない……。

「あ、あのっ」
「そーだね。ナマエちゃんは3人目の妹って感じ」

その言葉にホッとする自分と、ぐっと心臓が締め付けられる自分がいた。三ツ谷先輩は優しい。でもよく揶揄ってくるちょっと困った先輩。暴走族なんかに入っているちょっとヤバい先輩。そんな人に好意を持っているつもりはなかったから、これでいいはずなのに。

「隆お兄ちゃんって呼んでくれてもいいよ?」
「よっ呼ぶわけないでしょ!」
「えーーーつまんねぇなぁ」

こうやって揶揄われるだけの関係でも十分な筈なのに、自分の中で芽生えた小さな不満にまだ私は気づけていなかった。





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