「お姉ちゃんいらっしゃい!」
「お邪魔します、ルナちゃん」

あれからまたちょこちょこ三ツ谷家に顔を出すようになった。三ツ谷くんの事情を知ってから、少しでも力になりたいと思ったから。でも服作りなんて手伝えるわけもないから、私にできることと言ったら彼の小さな妹達のお世話をすることぐらいだった。

「ご飯持ってきたから夕飯に食べてね?」
「いつものバイト先のご飯?」
「ううん、今日は…私が作ってみました」

タッパーを開けながらそう言うと、幼い二人は「おおー!」と目を輝かせてくれた。タッパー一面に敷き詰められた焼きそば。お母さんに作り方をみてもらったから肉と野菜の量も大きさも完璧だ。

「美味しそう!食べよ食べよ!」
「あ、じゃあお皿出すね」

すっかり慣れた三ツ谷家の食器棚から、ルナちゃんマナちゃん用の可愛いピンク色のお皿とお箸を出した。焼きそばを盛り付け、あとお母さんが持たせてくれたおかずも添えた。洗面所で手を洗い終えた二人は手を合わせて大きな声でいただきます!と叫ぶものだから思わず笑ってしまった。


「ただいまー。ってあれ、ナマエ先輩?来てたんだ」
「あ、おかえり。ごめんね勝手に」

全然いーっすよ、と言いながら三ツ谷くんは玄関で靴を脱いだ。どうやら足りない生地か何かを買いに行っていたらしく、手芸用品店の袋を手にぶら下げていた。この間会った時より少し髪もサッパリしていて髭も剃られているのを見て、ちょっと安心した。

「え?これ作ってきたんですか?」
「そう。焼きそばリベンジ」
「こっちのおかずも?」
「あ…それはお母さんが」

マナちゃんがおかわり!とお皿を出してくるので、台所に戻って焼きそばをもう一度よそった。三ツ谷くんは私の隣に立ってその様子をじっと見ていた。

「すげぇ、美味そう」
「三ツ谷くんももう食べる?」
「うん、食べたい」
「じゃあお皿出して」
「はい。オレの肉多めにしてね」
「しょうがないなー」
「…ねぇ、ナマエ先輩」
「んー?」
「こういうの、いいっすね。ナマエ先輩がおかえりって出迎えてくれてメシの用意してくれるの」

そう言われた途端、何故だか私の顔はかぁっと赤くなった。付き合ってるみたいだとか、夫婦みたいだとか、そういう解釈を脳内でしてしまったからだと気づくと、ますます私の顔は熱くなった。やばい、やきそばとおかずを盛り付ける手がぎこちなくなってきた。

「…ナマエ先輩」
「は、はい!」
「肉、そこまでいらねぇよ」

気づけばお肉がてんこ盛りになった焼きそばを見てハッとする。三ツ谷くんはその様子を見ながら「キャベツもちゃんも入れて」と笑うものだから私は慌ててキャベツも盛りつけた。

「てかそんなに入れたらナマエ先輩の分なくなるじゃん」
「え?いやいいよ私の分は」
「なんで?せっかくだし一緒に食おうよ。それとももう夕飯食っちゃった?」
「食っちゃって…ない、です」

じゃあ、と言い三ツ谷くんはお皿をもう一枚出し、私の手から箸を奪いとった。一緒に食べるつもりなんてなかったのに。三ツ谷くんとルナちゃんマナちゃんの分しか持ってきていないつもりなのに。でもルナちゃんが隣座って!と言ってきたり、マナちゃんが苦手な野菜を私に渡そうとしたり、それを見て三ツ谷くんが怒ったり。なんだか三ツ谷家の一員になったような食事のひと時に、確実に私は幸せを感じていた。

三ツ谷くんと付き合って、もし本当の家族になったら…こんな感じなのかなぁって。





「明日大会の本番なんでしょ?送らなくていいのに…」
「んー?ちょっと気分転換で外歩きたかったついでだから」
「またそんなこと言って…もう服は完成したの?」
「さぁ、どうでしょう」

そのセリフ、バイトに入ってきた時も言ってたなぁと思い出す。真夏の7時台。やっと薄暗くなってきたような時間帯だから全然いいのに、三ツ谷くんは私を家まで送り届けてくれている。私は服作りがちゃんと完成しているのかが気がかりで仕方なかった。

「ねえ三ツ谷くん、もうここまででいいから」
「なんで。あとちょっとじゃん」
「作品は作り終わってないんでしょ?」
「んー…まぁこの後また徹夜で最後の仕上げやるよ」
「もう…時間は有限なんだよ。ちゃんと有効に使って」
「好きな女と歩く時間が無駄だとは思わないよ、オレは」

サラッと恥ずかしいセリフを言ってしまうこの男の子は、本当に年下なんだろうかと時々思う。私がいま顔を赤くして、どう反応していいのか分からず俯いてしまっているのもきっと全部全部お見通しなんだろう。何も喋らなくなった私たちの間に走る沈黙。蝉の鳴く音がやけに大きく響いている気がする。

「ナマエせんぱーい」
「ん?なに?」
「明日、会場に見に来ないでくださいね」
「え、だめなの?」
「うん。恥ずかしいじゃん、なんか」
「えぇ…そういうもんなの?」
「うん…だから来ないで。でも結果がどうであれ、自分の口でナマエ先輩に伝えたいから家で待っててくれませんか。大会の結果と…もう一度、ちゃんとオレの気持ち聞いてほしい」
「…わかった」

こんなこと言われてドキドキしないはずない。期待せずにはいられない。「それじゃまた明日」と私の家の前から去っていく彼の後ろ姿を、私は見えなくなるまで見つめた。





「ナマエ先輩」

翌日、私は三ツ谷くんからの連絡を今か今かと待ちわびていた。夕方になったしそろそろだろうかと思っていた時、近くの公園で待っているからというメールが届いたのですぐさま向かったのだが……そこに立っていたのは特攻服を着てこめかみにドラゴンのタトゥーを入れた三ツ谷くんだった。

「えっ!?はっ!?ど、どうしたの?」
「お、思ったとおりの反応」
「髪型も変わってるし…タトゥーも入れたの?」
「ううん。これ前から入ってたやつ。ずっと髪で隠れてたからほぼ皆知らねぇんだけど」

そう言いながら彼は気恥ずかしそうにタトゥーの場所を掻いた。

特攻服姿の三ツ谷くんは中学の頃何度か見たことあったけど…この髪型でタトゥーを入れている姿はあまりにも昔の彼の姿とは違って驚きしかない。似合ってないとか、そういうんじゃなくって…すっかり特攻服を着ない彼に見慣れてしまっていたから正直違和感があった。だって暴走族、もう辞めたんでしょう?

「ナマエ先輩。報告があります」
「うん…」
「まず大会は、優勝した」
「…えっ!?うそ!一番だったってこと?」
「そう」
「えぇ!うそっおめでとう!すごすぎ!え、なんでそんな普通なの?もっと喜んでるもんでしょ!?」

どんな服を作ったのか知らないけどまさか優勝までするとは…。私は興奮気味で思わず三ツ谷くんの腕を掴んでしまった。私とは逆に至って冷静な態度の三ツ谷くんは緩く笑いながら「ありがとうございます」ってお礼を言うだけだった。

その態度に、違和感を覚えないはずなかった。


「三ツ谷くん…?きっとこれでデザイナーになれるんだよね?」
「かもな」
「こんな有名な賞とって…将来は有名デザイナー決定じゃない?」
「大袈裟だって。それは今後のオレの努力次第」
「でもきっと…なれるんだよ」
「そうだよな…、そうなんだよな」

ずるりと三ツ谷くんの腕を掴んでいた私の手が緩んだ。明らかに彼の様子がおかしいから、これから彼の口から出てくる言葉が怖かったから、手の力が抜けていってしまった。そんな私の手を三ツ谷くんはギュッと握って、告白してくれた中学の頃のようにまっすぐに私を見つめてきた。

「オレ、賞は辞退したんだ。デザイナーになる前にやるべきことができたから」
「…なに?」
「友達と戦う。その為に後輩が立ち上げたチームに入ることにした」
「三ツ谷くん?何言ってるの?デザイナー諦めてまた喧嘩三昧の日々に戻るってこと?」
「…どうしても、やらなきゃいけないって思った。死んだ友達のためにも…マイキーを救わねえと」
「マイキーが誰か知らないけどさ…本当にきみはそれでいいの?」

諦めてほしくなかった、昔からの彼の夢を。やっとその第一歩を進めるチャンスだったのにそれを手放してほしくなかった。三ツ谷くんは私の手を今一度強く握ってから、再び口を開いた。

「応援してくれていたのに勝手なことしてごめん。更に勝手なこと言うけど、オレまだナマエ先輩のこと好きです」
「……」
「すげぇ好きです。死ぬほど大事にしたいし幸せにしてやりてぇしそばにいたい。だから…」
「だから…?」
「ナマエ先輩のこと絶対ぇ巻き込みたくないから…ちゃんとコッチのことが片付いてからまた、ナマエ先輩のところに戻ってきてもいいですか」

そんな風に言われて断れるはずもなかった。きっと三ツ谷くんにはもう私の気持ちなんてお見通しで、こんな風に言ったら私が断らないことも分かりきっていたんだろう。私が涙を流しながらゆっくり頷いたのを見ると、三ツ谷くんは私の腕を引っ張り自分の胸の中に私を収めた。こんなに細いのにゴツゴツと硬い体をしていること、この時初めて知った。

「ありがと、ナマエ先輩」
「ありがとじゃないよ…!やめてよ喧嘩とか危ないこと…。暴走族はもう辞めたって言ってたじゃん!それから三ツ谷くんのこといいなって思えたのに!」
「マジ?じゃあやること終わったら完全に足洗うから」
「嘘っぽい」
「嘘じゃねぇよ。だってそうしないとナマエ先輩の彼氏になれないんでしょ?オレ」
「…うん。ならせてあげない」
「だったらこれをもう最後の喧嘩にするよ」
「約束する?」
「うん。する」

顔を上げると三ツ谷くんの笑った顔があった。
信じるよ?三ツ谷くん。ちゃんと無事帰ってきて、私のことを迎えにきてくれるって。そしてもう不良の世界とは無縁になってまたデザイナー目指して頑張って生きていくって。信じるから。信じているから。

つま先で背伸びをし、彼の唇に自分のそれをぶつけると三ツ谷くんは驚くこともなく私の唇を受け入れてくれた。

「待ってるからね」
「うん。待ってて。他の男んとこ行かないでくださいよ?」
「行けたら苦労しないよ…」
「なんだ。ナマエ先輩オレにベタ惚れじゃん」

自信たっぷりに笑いながら言う三ツ谷くんに若干イラッとしたから叩いてやった。本格的な不良の彼にとって私の拳なんて痛くも痒くもないはずなのに「いてぇよ」って何度も言ってきた。これから彼はもっともっと痛い拳をぶつけられ、そしてぶつけに行くんだ。でも私のこの弱々しい拳も、どうかそのまま忘れずにいてほしい。








(とりあえず終わり。今後の本誌次第では続き書くかも。)




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