「じゃあこれ、頼んだよ。三ツ谷くんにもよろしく言っておいて」
「…はい」

そう言って店長はできたてのお弁当を私に持たせてくれた。



迷惑だからとハッキリ言われたこともあり、あれから三ツ谷くんに連絡することも家に押しかけることもしなかった。顔合わせづらすぎるし、焼きそばすら作れないこと知られて恥ずかしかったし、それに迷惑だなんて言われて私だって多少は怒っている。

そう、怒っているんだ私は。昔から穏やかだとか言われ続けてきたこの私が、だ。「ナマエ先輩の穏やかなとこ、すげぇ好き」って昔三ツ谷くんにも言われたこともあるこの私が、だ。怒る時だってあるんだ、私にだって。

でも…どうしてもあの幼い二人の女の子のことが心配だった。ちゃんとご飯食べれてるかな…お母さんも仕事が忙しい人だと聞いているし、とにかく心配だった。しかし私が手料理を振る舞うなんてことはもう精神的にも技術的にも無理。そこで思いついたのがバイト先のまかないだ。店長に差し支えない程度に三ツ谷家の事情を話したら、嫌な顔一つせずテイクアウト用のプラスチックの弁当容器におかずを詰めてくれた。突然バイトを辞めた三ツ谷くんのことを心配していたのは、店長も一緒だったから。





「…お姉ちゃん!?」

夜9時を過ぎていたけど、バイト帰りに持たせてもらったお弁当を片手にそのまま三ツ谷家に寄った。ピンポンを鳴らすと寝巻き姿のルナちゃんマナちゃんが驚いて戸を開けてくれた。

「夜遅くにごめんね。もう寝るとこだったかな?」
「ううん大丈夫!また来てくれて嬉しい!」
「そっか、よかった。これね、バイト先でお弁当貰ってきたから明日にでも食べて」
「いいの!?」
「マナ今食べたい!」
「もう夜遅いから明日にしてね。多めに貰ってきたから…お兄ちゃんにもちゃんと食べるように言っておいてね」
「「はぁーい!」」

可愛く返事をする二人の頭を撫でていると、スッと奥の襖が開いた。勿論登場したのは三ツ谷くん。この間と同じような姿の彼は私を見るなり「あ」と声を出したが、私はすぐさま彼から目を逸らしてしまった。そしてルナちゃん達に「たくさん食べてね」と言ってから立ち上がり「夜分遅くにお邪魔しました」とそそくさと玄関から出て行った。三ツ谷くんとは、正直顔合わせなくなかったから。喋りたくなかったから。



「待って、ナマエ先輩!」

アパートから少し歩いたところで、私を追ってきた三ツ谷くんに腕を掴まれた。追いかけてくるとは思わなかったから驚いて振り返ると、伸びた彼の前髪の隙間からは、まだ少し虚な目が見える。

「ごめん…送ります」
「え、いいよまだ9時台だし」
「女の子が一人で歩くには十分遅いでしょ。送らせてください」

いいよ、ともう一度断ろうとするも三ツ谷くんはもう既に私の前を歩き始めていた。家の場所も知られているし、これはもう断りきれないかと諦めて彼の後ろをトボトボと歩き始める。


「弁当、持ってきてくれてありがとうございます」
「え?あ、うん…あれバイト先で貰ったやつだから大丈夫だよ」
「え?」
「私が作ったやつじゃないから…ってこと」

思い出すのも恥ずかしかった、数日前の焼きそば事件。顔を俯かせながら小声でボソボソと喋る私を見て、三ツ谷くんはどう思うだろう。ほんと情けない。年下の男の子に料理のことで呆れられるなんて。

「あの…、この間はすみませんでした」
「え?」
「帰れとか迷惑だとか…オレすげぇ失礼なこと言っちゃって。本当、ごめんなさい」
「いやあれは…私がダメダメだったから…」
「ちげぇよ、ナマエ先輩はダメなんかじゃない。せっかく心配してオレや妹のために頑張ってくれてたのに、オレが八つ当たりっぽい言い方しちゃっただけで」

ほんとごめん、と言いながら三ツ谷くんは今一度頭を下げた。そんな何度も謝らなくていいから、と私が言うと一応顔を上げてくれたがいまいち納得がいっていないような表情だった。

三ツ谷くんは私の横に並んで歩きながら「あのさ、ちょっと話聞いてもらっていいっすか」と言ってきた。私は黙ってコクリと頷くと、三ツ谷くんはフーーっと大きな溜息を吐いてから口を開いた。

「友達が、死んだんだ」

彼の口から溢れたその言葉に、驚きで声が出なかった。数秒経ってから脳内でその言葉の意味を処理してからも、なんと言葉を出せばいいのか分からず私はただ黙り尽くしてしまった。友達……ていうことはきっと同い年ぐらいの人なんだと思う。そんな若くして…亡くなったなんて……

「小学生の頃からのダチで…ほんと結構付き合い長くて。色々頼れる奴だったし、オレん中で結構特別な立ち位置の奴でさ」
「そ、か…」
「そいつがさ、前オレに言ってきたんだ。ぜってーデザイナーになれよって。だからいまこんな躍起になって大会に向けて服作ってて」
「…ごめん三ツ谷くん。私……そんなことになってるとは知らずに家に勝手に上がり込んであんなこと」

恐る恐る顔を上げて三ツ谷くんを見上げると、彼は黙って首を横に振っていた。

「言ってないんだからナマエ先輩が知らなくて当たり前。それにしたってオレがとった態度は悪かったし」
「違うよ、私が無神経だし料理下手だから」
「ルナ達のこと心配してくれたんだろ?」
「そうだけどさ…」
「ナマエ先輩がうちまで来てくれて、本当はすげぇ嬉しかった」

長い前髪の隙間から見える三ツ谷くんの目が笑っていた。友達を失ったのに。その人との約束を守るために必死になってるのに。それなのに彼は、以前のような笑顔を私に向けてくれた。あぁこれ、以前の三ツ谷くんだ。私がちょっとこの子いいかもって思えた、後輩の三ツ谷くんだ。

「三ツ谷くんが笑ってくれてなんか安心した」
「はぁ?笑うよ。だってナマエ先輩が自分ちに来てくれたんだよ?本来だったらニヤけまくってるワ」
「大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃねぇよ」

そう言って私の頭の上に置かれた彼の手。ビックリして三ツ谷くんを見上げると……思っていたより高いところに彼の顔があった。あれ、あれ…三ツ谷くんてこんな感じだったっけ。

「背、伸びたね…」
「そう?最近ロクなもん食ってねぇから縮んだ気すらしてたけど」
「中学生のとき私と同じくらいの目線じゃなかった?」
「…それってオレがナマエ先輩に告った時のこと?」

……そう、かもしれ、ない。後にも先にも、三ツ谷くんの目をあんな真っ正面から真っ直ぐに見たのはあの時だけだったかもしれない。中学2年生だったあの頃の彼は、私と同じかほんの少し高いくらいの背丈だった。一丁前に特攻服なんか着て「オレと付き合いましょーよ」なんて言ってくるもんだから、何だこの子!?くらいにしか思えなかったのに。なのに今は私より確実に高いところに目線があって、簡単に頭の上に手を置かれる程になった。少年が青年になった感じが、いま急にしてきた。

「大きくなったね、三ツ谷くん」
「なんだよそれ、一つしかかわらないのに。ガキ扱いしないでくださいよ」
「してないよ。私より絶対しっかりしてるじゃん、きみ」
「本当にそう思ってくれてんのかなあー」
「思ってる思ってる」
「じゃあたまにはオレを頼って下さいよ。寄りかかってくれたっていいし」
「えー、それは違くない?特に今は。どちらかと言うと三ツ谷くんが私に寄りかかるべきでしょ」
「え?まじ?」

少し驚いたような返事をした三ツ谷くんは、そのままジリ、ジリ、と私に詰め寄ってきたものだから反射的に私は後方へと体を動かした。そしてどんっと背中が電柱にぶつかったところで私の体は動きを止まった。目の前には三ツ谷くんの喉仏があるが、なんか怖くて顔を上げて彼の表情を見れない。どうしようか、と思っているその時、三ツ谷くんは自分の頭を私の肩に乗せてきた。

「…三ツ谷くん?」
「はーーー……やっぱさ、結構…しんどくって」
「…うん」
「ドラケンのことも、マイキーのことも、服作りのことも……オレ、このままでいいのかなって思ってて。みんながこんなことなってるのに、一人だけ明るく夢追いかけてていいのかなって…」
「うん」
「でも今日後輩たちが会いに来てくれて……ちょっとやるべきこと見つけたかも」
「…そうなの?」
「うん」
「じゃあ今度はそれに向けて頑張らなきゃね」
「……そーっすね」

一体何のことなのか、ドラケンとかマイキーとか誰なのか、私には一切分からないけど。でも三ツ谷くんがこの間より顔が明るくなっていた理由は分かった気がした。やるべきことを見つけた時、人は前向きになれるものだから。

肩に置かれた彼の頭を撫でると、そのまま私の肩をぎゅっと抱きしめられた。さすがにそれは、と逃げようとするも到底敵うはずもないような腕力で私の体は押さえつけられた。心臓が煩い。手汗も滲み出てくる。そんな身体の異常がより一層私の心を焦らせた。

「うしっ。ありがとうございました」
「えっ?」
「マジで寄りかからせてもらっちゃった。充電できました」
「そう…?なら、良かった」
「オレも、自分の好きな人がナマエ先輩で良かったって思えました」
「そ、そうですか」

まだ私のこと好きだったのか、と思いながら赤くなりかけている顔を彼から逸らした。逸らしてもきっと、三ツ谷くんにはバレているんだろうけど。

三ツ谷くんが私の肩から頭を離す時、薄手のシャツ越しに彼の髭からチクリとした感触が私の肌に走った。髭剃ってね、と言えば「今度会う時までには」と彼はいたずらに笑った。





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