「ナマエ先輩、オレと付き合いましょーよ」

半分冗談かと思うような軽い告白だった。はにかんでいたし、特攻服着てたし、なんの冗談かと思った。でもそっと私の手を握る彼の右手が少し震えていたから、きっと冗談ではなかったんだと思う。



そんなことがあったのは私が中3、彼が中2の時だった。学年は違えど同じ学校だったし、やたら目立つ三ツ谷隆という一つ下の男子生徒の存在は知っていた。けど、まさかこんなに彼と喋るようになって気づけば告白されるまでになるとは思わなかった。告白された時も「暴走族とか無理だし、それに私彼氏いるから」と言って断ったら「ちぇー」と口を少し尖らせた彼を見て、なんだよやっぱ冗談だったのか?と思った。よく分からない子だ。やっぱ暴走族だから?

私が卒業してからは近所で時たま遭遇した時に立ち話する程度だった。冗談だと思えた彼の私に対する気持ちももう綺麗さっぱりなくなったのだと思っていた。なのに、彼は高校生になって暫くしたら私のバイト先に入ってきたのだ。

「三ツ谷くん…え、これ偶然?それとも…」
「さぁ、どうでしょう」

三ツ谷くんはまたニヤリとはにかんだ。まるで私に告白した時のように。

それからと言うもの、週の半分程バイト先で顔を合わせる生活になった。バイトがラストまでの日は帰りに送ってくれたりもした。気づけば中学の頃より喋るようになっていた。もう暴走族もやめたって言ってるし、なんだかこの子いいかもって思い始めた頃、三ツ谷くんはぱたりとバイトに来なくなった。

連絡しても返ってこないし、バイト先の店長も急に辞めると言われてそれ以上は何も知らないと言う。気になり彼の家まで見に行ってみようかと足を運んでみたが、よくよく考えればメールも返ってこないのに家に押しかけるとか…無茶すぎるよなぁ。なんて考えていると目の前のアパートのドアがギィっと古びた音を立てて開いた。

「……」
「……」

小学生くらいの二人の女の子と目が合う。そして瞬間的に分かった、この子達が三ツ谷くんの話によく出てくる妹ちゃん達だと。

「こっこんにちは!」
「…こんにちは」
「あの、三ツ谷くんの妹さんかな?」
「え?お兄ちゃんの彼女?」
「あ、いや、彼女ではない…よ。えっと、お兄ちゃんのお友達だよ」

苦笑いしながら彼女たちと目線を合わせる為に腰を屈めた。真正面で見ると二人とも大きな二重のお目目が三ツ谷くんそっくりだ。「今から公園でも行くの?」と聞けば二人は首を横に振った。

「ご飯買いに行くの」
「え…?」

二人の手に握られていたのは数枚の百円玉。こんなんじゃパンやおにぎりしか買えないんじゃ…。三ツ谷くん、妹ちゃん達にごはんをよく作っていたり色々お世話しているって言ってたはずなのに…

「お兄ちゃんは?いないの?」
「いるけど…」
「けど?」
「ずぅっと部屋に引き篭もって服作りしてるの。だからご飯は自分で用意しろってお金くれた」

上の妹ちゃん…ルナちゃん曰く、三ツ谷くんはデザイナーの登竜門とも言われる大会に向けて懸命に服を作っているらしい。それは結構なことなんだが、こんな小さな妹たちを放置するなんて…彼らしくなすぎる。下の妹ちゃんのマナちゃんなんて、最近お兄ちゃんのことを怖がってしまっているとか。一体どうしてこんなことに…。いやでもそんなことより、今私ができることは一つしかない。

「ルナちゃんマナちゃん。一緒にスーパー行こう。お姉さんがご飯作ってあげる」
「え?ほんと?」
「うん、簡単なものしか作れないと思うけど…コンビニのおにぎりよりはマシでしょ?」
「うん!嬉しい!」

ぱあっと明るくなる二人の表情にホッとした。こんな知らない女のこと、警戒してくるかなぁと思ったから。二人と手を繋いでスーパーに向かいながら何を食べたいか二人に聞いた。オムライス、唐揚げ、焼きそば、ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、シュークリームにホットケーキ。食べたいものがどんどん出てくる二人に思わず笑ってしまった。食欲は十分にあるみたいで良かった。



と言っても私はほぼ料理をしたことがない。実家暮らしだし、母はきちんと料理をするタイプだから自分の出る幕なんて一度もなかった。オムライスなんてのも作り方が分からない。ただ、母が時々「今日は面倒だから簡単に焼きそばねー」と言っていたのを思い出し、簡単であろう焼きそばを作ることにした。

「お姉ちゃん、ルナも手伝う?」
「えーっと…大丈夫だよ。遊んで待ってて?すぐ作るから!」

正直、何を手伝わせればいいのか分からないレベルなのでルナちゃんのお手伝いは断ってしまった。焼きそばの袋の裏に書いてある手順を見ながら豚肉とキャベツをとりあえず切った。えーっと次は炒めるのか…ん、肉から?野菜からかな?いやちょっと待って、肉とキャベツの割合おかしくないこれ?っあれ、でも炒めているとキャベツだいぶ量減ってきたよ!?

「お姉ちゃん、焦げてる」
「えっ!?あ!」

キャベツの量が足りない気がして追加のキャベツを切っていたら、フライパンの中でも焦げた臭いが。慌てて火を消してフライパンの中の様子を見た。……え、どうしようこれ。幼い女の子二人の前でこれって、どうしよう。

「お姉ちゃん…」
「だ、大丈夫!えっとね、まだお肉少し余ってるし…!」
「マナもうお腹すいた」
「だよね、ちょっと待っ」
「なぁ、うるせぇんだけどさっきから」

奥の部屋の襖が開いて、登場したのは……三ツ谷くん?だよね?最後に会った時と比べてだいぶ痩せている。クマもできていて髪も髭も伸びっぱなし。以前とは打って変わった姿での登場に、私は戸惑った。


「ナマエ先輩…何してんすか」
「いやそれより三ツ谷くんどうしたの!?」
「どうもしてない。服作りに集中してるだけ」
「で、でもさぁ!」

私の言葉なんてほぼ無視した状態のまま、三ツ谷くんは台所に広がる悲劇を無言で見つめていた。沈黙がしんどい。三ツ谷くんより一つ上なのに、女なのに、焼きそばすらまともに作れないなんて思われるのがどうしようもなくしんどかった。

「お兄ちゃん怒らないで!お姉ちゃんちょっと失敗しちゃっただけだから!」
「別に…怒ってねぇよ」
「ごめん三ツ谷くん…勝手にこんなことして、更に失敗しちゃって…ルナちゃん達にちゃんとしたご飯食べさせたくて」
「ちゃんとしたご飯、ねぇ…」

ちょっと嘲笑うような、そんな言い方をしながら彼はフライパンの中を見た。あー…本当に恥ずかしい。それにそんな言い方しないでほしい。そんなの、三ツ谷くんじゃないみたいだ。私に付き合いましょーよ、と笑いながら言ってきた中学生の頃の三ツ谷くんと今の三ツ谷くんが同一人物だとは思えなかった。

「ナマエ先輩、もう帰ってよ」
「え…あ、じゃあ片付けだけでも」
「いいから、もう帰ってください。迷惑なんで。」

ピシャリと言われたその言葉に、さすがに何も言い返せなかった。悔しさと恥ずかしさで顔が歪みそうだった。自分の鞄を掴み、ルナちゃんとマナちゃんに「さっきスーパーで買った菓子パンやジュース、あとで食べてね」とだけなるべく笑顔で伝えてから玄関のドアノブを握った。

「お姉ちゃん…」

玄関を出る時、か細い声で呼ばれて恐る恐る振り返ると悲しい顔をした幼い女の子達が私を見ていた。

「ありがとう…スーパー連れてってくれて」
「…ううん、ごめんね逆に。三ツ谷くんも…ごめんなさい」

ルナちゃん達はブンブンと首を横に振ってくれたけど、三ツ谷くんはそんなことはしてくれなかった。というか私に視線すら向けていなかった。だから「お邪魔しました」とだけ言って、私は三ツ谷家を後にした。






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