後編






いつも何の前触れもなく私を抱くその強引さに惹かれた。汗が滲む背中に腕を回すとニヤリと笑ってくる彼の表情に唆られた。いつの間にか半ば強制的に始まった三途くんとの交際。気づけば彼を下の名前で呼ぶようになるほど距離は縮まっていた。反社の人間と交際とか本当に終わってると思う。でもまぁ前付き合っていたあの男も、まともじゃなかったしその辺はもうどうでも良くなって来てしまっている。


「ねぇ春千夜」
「あー?」
「いつも仕事って言って出かけてるけど、何してるの?」

情事後にタバコを吸いながらボーッと一点を眺める春千夜に聞いてみた。どうして私と付き合う人はほぼみんな喫煙者なのだろう。あ、武藤くんは違ったけど。


「そんなこと知りてぇの?」
「うん」
「言うかよ。どの職業でも話しちゃいけねぇことの一つや二つあんだろ」
「きみたちの場合ほぼ話しちゃいけないことばかりじゃ?」
「分かってんなら聞くな」

ベッドサイドテーブルの上にある灰皿にタバコを押し付けてから、覆い被さるように春千夜は私の唇を塞いだ。苦い、タバコの味。前の彼氏とは吸っている銘柄が違うからか少し味が違うけど…って私、まだアイツのこと記憶に残っているのか。最悪だ。


「ねぇ、なんで私と付き合おうと思ったの?」
「そういうテメェこそなんでだよ」
「私付き合うなんて言ってない。熱出して朦朧としてて、起きたらそういうことになってたじゃん」
「嫌だったら拒めよバーーカ」

いや酷すぎないか、それ。解熱剤を飲んで数時間寝たら熱はすっかり下がっていた、一時的にだけど。もう終電もなくなる寸前の時間だったから、春千夜の「このまま泊まれば」の言葉に頷いたのがどうやら間違いだったらしい。数時間前まで高熱で苦しんでいたのに、気づけば私は春千夜と致していた。体がまだ若干熱っぽかったからか、体の感覚が違い無駄に燃えてしまったのはここだけの秘密だ。拒めば良かったのかもしれないけど、あんなの生理的に拒めるはずなかった。

それからズルズルと一緒にいる。だからたぶん、付き合っているんだとは思う。何故か。何故だか。

「腹減ったな。なんか出前とらねぇ?」
「えぇ…こんな時間に?太るよ」
「じゃあお前は食うな」

酷くないか。なんなんだこの扱いは。イラっとして思わず春千夜の耳を引っ張り上げた。

「ってぇなこのクソ女!」
「ねぇ私たちやっぱ付き合ってないよね?彼女に言うセリフじゃないよねそれ」
「あぁ?付き合ってんだろどう見ても」
「ヤッてるだけの関係じゃなくて?」
「ちげぇだろ。そんな女毎日家に出入りさせるかよ。おら、なんか食いてえもんあったら頼め」

そう言ってスマホを渡して来た。こんな夜更けに食事なんて…背徳感半端なくて唆るけどね。適当に食べたいものを選んでタップしてから春千夜にスマホを戻す。「お前こんなカロリー高そうなもん食うの?」ってドン引かれた。やっぱりこの男はムカつくのだ。

「お前みてぇに太りたくねぇし軽いもん頼も」
「春千夜ってほんといい性格してるよね」
「おー最高の褒め言葉だそれ」
「武藤くんといた頃とはキャラ違いすぎない?あれはなんだったの?尊敬する隊長の前だから猫かぶってただけ?」

スマホを触る春千夜の指先が止まった。あ…やばいなんか地雷踏んだ?キャラ違う頃の自分は封印しておきたかったのだろうか。恐る恐る彼の顔を覗き込むと、いつしか見たような無機質な目だった。


「お前さ、アイツのこと好きだった?」
「アイツって…武藤くんのこと?」
「そう」
「うん…まぁ、それなりに。少なくとも前の彼氏よりは。嫌なことしてこなかったし。ちょっと怖いところもあったけど、まぁチーム入ってるような人ってあんなもんかなぁって」

そう思うと、チーム入っていた割にあの頃の春千夜は穏やかな人間だった。きっと喧嘩中とかはそうでもなかったんだろうけど。武藤くんだって「こいつは手がつけられねぇ」とか言ってたし。でも私が見る限りは、そんな風に見えなかった。

「春千夜?どうしたの?」
「んー…」
「あの、別に…きみの元上司?先輩?の元カノだからってそのへんは気にしないでほしいな…ほらもう10年も前の話だし、私も春千夜に再会するまでは武藤くんのことなんてほんっと忘れてたし。それに春千夜も、もう武藤くんと会ったりしてないんでしょ?」

その瞬間春千夜は笑い出した。高らかに、部屋中に響くような笑い声だった。ラリってるのかな…本当に頭大丈夫かなこの人。どうしたの?と声をかけるのも躊躇われるほどの行動に、私はひたすら戸惑った。

「知らねえみてーだから教えてやる」
「ん?」
「アイツ、もう死んでっから」

え…死んで、る?
少年院に入ったところまでしか知らなかったけど…まさかもう亡くなっているなんて。数ヶ月間とは言え交際していた相手が亡くなっているなんて、なんだか信じられない。

「いつ頃?」
「出所してわりとすぐ」
「なんで?また抗争?それとも事故?」
「あー…両方?」
「そうなんだ…」

いまいち死因がはっきりしなかったが、驚きでそれどころじゃなかった。武藤くんが、あの武藤くんが……。それに春千夜が笑い声を上げた意味も分からない。頭が混乱する。

「ナマエ」

いつもお前とかテメェとばかり呼ばれ、滅多に名前を呼ばれない。だからこうやって稀に呼ばれると胸が弾んでしまう。春千夜はバカだから、私の名前忘れたてたりしないかなっていう不安がふわりと和らぐ。

なに、と彼の顔を見れば無機質な目がニコリと目尻を下げて笑った。これは…武藤くんの下にいた頃の“三途くん”の表情だった。そのまま彼は私の肋骨がぎしっと鳴るんじゃないかという程痛く抱き締めた。そして齧り付くような口付け。どちらも痛苦しかったが、自分が春千夜に求められている気がしてしまいそんな悪い気分でもなかった。

「悲しいかァ?ナマエ」
「うーん…悲しさより驚きが大きい。もう10年も前の元カレなんて、そんなもんなのかも」
「そりゃなによりだな」
「春千夜は…?あんなに慕ってたじゃない」
「んーオレはなぁ…スッキリした、かな」

それはどういう意味なのかと聞こうとしたところで、また口を口で塞がれた。私に質問させるつもりはないということなのだろうか。肝心なところが聞けていない気がするのは、気のせいだろうか。

嫌な予感がふと胸をよぎる。スッキリしたって、あの人が死んでスッキリしたって、まさか、そういう意味?
……待って、待って春千夜。聞きたいことがあるの。お願い喋らせて。

口を塞がれたまま再びベッドの上に押し倒される。これから何が起きるのか分からないほど私は馬鹿で無知なわけではない。事に及ぶ時の春千夜のこの強引さは、嫌いじゃない。嫌いじゃないはずなのに、どうして今日は嫌だと思うのだろう。

「別にこれ偶然だかんな」
「え…?」
「別にお前の男だからって狙い撃ちしたわけじゃねぇから。それだけは言っておく」
「なに、が」
「分からねぇほど理解力ねぇわけじゃないだろ、ナマエチャン」

湧き出る冷や汗。うるさくなる心臓。震えてくる顎。
そんな私の体のパーツ一つ一つが、まるで春千夜に支配されていくような気がした。前の彼氏のことはわかっていた。ちゃんとわかっていた。それでも私は春千夜といた。でもじゃあ武藤くんは…?

「ナマエ、安心しろ。一生お前のそばにいてやるよ。なんかお前気の毒だし」
「は……?」
「テメェの人生引っ掻き回したんだから責任とってやらぁ」

私の体に這わせてくる春千夜の手を拒めたら、どれだけ良かっただろうか。私の残りの人生、この男に抗いきれるのだろうか。

惹かれているのに惹かれてはいけない。こんな存在、知らずにいられたらどんなに楽だっただろう。





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