中編






「コイツ、オレんとこの副隊長の三途」

武藤くんからそう紹介された時の三途くんの第一印象なんて「髪長くて女の子みたい」「なんでマスクしてるんだろ」の二つだった。とりあえずよろしくね、と挨拶すれば鋭かった目がニコリと緩んだ。

「こちらこそよろしくお願いします」

不良のくせにちゃんと敬語の使える子だった。武藤くんのことを慕っていた。だからか武藤くんも可愛がっていた。私と武藤くんが会う時も時々一緒にいたけど、さほど気にならなかった。それくらい印象の良い子だった。

二人とも怪我してもそのままでいることが多かったから、私が手当てしてあげることが多かった。成長期なのにロクなもの食べてないことが多かったから、手料理を振舞ってあげることもあった。武藤くんは相変わらずほぼ無表情で「美味い」しか言わなかったけど、三途くんは思いっきり頬張って「美味しいです」と言ってくれたのが印象的だった。


「ナマエさんはいいですね、隊長みたいな人が彼氏で」

そう言って来たのは、武藤くんが用事があるからと三途くんが代わりに私を送ってくれた時だった。

「そう?」
「はい。隊長みたいな人ならしっかり守ってくれそうじゃないですか」
「そうかもね。でも三途くんだって彼女できたらそうなりそうだけどね?」
「んー…まだよく分からないです、そういうのは」

まるで恋なんてしたことない、女なんて何も知らないような言い方だった。この見た目で不良ときて、そんなことないんじゃない?って思った。正直武藤くんと私が付き合っているのなんて、片想いがようやく実って…とかそんなストーリーがあったわけではない。知人から紹介され、本当になんとなく、初めて会った日に「付き合う?」「あ、うん」って、そんな始まり方だった。高校生の交際なんてそんなもんかなって思っていたし。

「でも心配じゃないですか?喧嘩ばっかで」
「うん、そうだね。この間も顔ボッコボコだったしね…」
「やっぱり悲しいですよね…彼氏が傷つけられるって」
「そうだねぇ」

なんてことない、ありきたりな日常会話。私の返答もいたって平凡なものだったと思う。なのに三途くんはぴたりと足を止めた。数歩後ろで立ち止まっている三途くんに「どうしたの?」と声を掛ければ、無機質な目つきだった三途くんの目が、急にニコリと笑った。

「ナマエさん。もしかしたら近々、隊長がナマエさんと別れようとするかもしれません。でもそれはナマエさんを嫌いになったわけではなくて、あなたを守るためですからね」
「…?うん。分かった」

一体突然なんなんだ、と思ったが三途くんの予想は的中し、数日後に武藤くんに別れてほしいと言われた。きっと敵のチームから私が狙われないようになんだろうな、と思ったから武藤くんのその言葉を受け入れた。それ以来、武藤くんと三途くんとは会うことはなかった。武藤くんが少年院入ったっていうことはきっと三途くんもそうなのかな?と心の片隅で思ったことは覚えている。







フラフラとした足取りで会社のビルから出てきた私の目の前には、三途くんが立っていた。「なんで」と言えば三途くんは答えることもなくただ「よぉ」と言うだけだ。

「見つかったぞ、あの男」
「え?うそ…」
「良かったな、これでお前もあのクソ野郎の借金ともう無関係だ」

いやでも、あの彼氏…いや元彼?が見つかったところで彼はあの額を支払えるのだろうか。結構な額だったけど…、と考えている途中で私の体は限界を迎えた。ゆっくりとその場にしゃがみ込む私を見て三途くんは「は?」と冷たい声を放った。


「どーした」
「ごめん…今日ちょっと体調が……」
「熱あんの?」

三途くんのひんやりとした右手が私のおでこに触れた。あ、やだ、もう化粧も崩れまくってるこの時間帯のおでこなんて触ってほしくないのに。でも冷たいこの手は今の自分の体温には気持ち良すぎた。

「あっつ…お前これ9度とかあんじゃねぇの」
「かもね…ってことで折角来てくれたのにごめん。話はまた今度聞く……」

おでこにある彼の手を外そうとしたら、逆に私の手は彼の手に握られそのままグイッと引っ張られ自然と私の体は立ち上げられた。よろりとふらつく足元を支える間もなく、そのまま三途くんに引っ張られる。ちょっと待って…そんな速さで歩かないで…と言いたくても口元が仕事をしない。熱で朦朧としていて口も足も頭も、正常に働いていない。


「お前、保険証ある?」
「ない…持ち歩いてない…」
「チッ」

抱えられるようにして連れ込まれたのは車の後部座席だった。三途くんは私を横たわらせてから、自分は運転席に座る。なんだか車内にはお洒落な香りが漂うが、今の自分には正直キツイ香りだ。

「お前んちどこ?」
「…無理……遠い」
「車だからいい。送ってってやるから」
「違う…無理、もたない…酔う、これ多分、酔う」
「は!?」

さっきよりも盛大な「チッ」という舌打ちが聞こえたかと思うと三途くんはエンジンをかけ車を発進させた。いい車なのかあまり揺れないけど…でも分かる、これスピードおかしくない?こんな街中でこのスピード…酔う前に死ぬのかもしれない。



その後の記憶はぼんやりとしたものだった。車から降ろされたと思えば三途くんに抱き抱えられたままエレベーターに乗り、どこぞの家の中に入っていた。ふわりと柔らかいマットレスの感触が背中に気持ちよく触れる。


「三途くん…」
「待ってろ、薬買って来てやる。吐く時はトイレ行け、向かいのドアが便所だからな。絶対だぞ」
「うん…大丈夫、そんな酔わなかったから…そして薬はとりあえず解熱剤持ってる…」
「あんのかよ。さっさと飲めよ」
「だって仕事中は熱あるの気づかなかったっていうか…」

仕事に熱中してたからなのか、退勤するタイミングで体の力が抜けて一気に怠さが襲って来たのだった。とりあえず布団から起き上がりバッグの中のポーチからロキソニンを出す。生理痛用にと常備していて正解だった。

「おら水」
「ありがとう…ごめんね、ほんと。ここ三途くんの家なんだよね?」
「まぁな」
「ごめん…ほんとに」
「いいから薬飲んで寝てろ」

三途くん、昔は敬語で話してくれていたのに再会した日から不思議なくらいタメ語で話してくる。まるで私が知る三途くんじゃないみたいだ。でも私は彼の隊長の彼女でもない今、きっと敬語を使う対象じゃないんだろう。


「ねぇ…それで話の続きは?アイツ、見つかったんでしょ?」
「その話はまた後日ってなっただろ」
「でも気になって寝れない」

三途くんはまた舌打ちをしようとしたが寸前のところで止めて、私の体をベッドに押し付けて布団を被せた。寝ろ、と言うぶっきら棒な一言にやっぱり今は話してくれないのか…と残念な気持ちになる。仕方なく目を瞑るが、三途くんがベッドに背を向けてドカッと床に座ったのを感じたので、私は瞑っていた目をゆっくりと開いた。

「首都圏からは抜け出してたけど、ふつーに国内にいたし案外すぐ見つかった」
「すごいね…日本だって広いのによくそんなすぐ…」
「コッチの手使えばどうとでもなんだよ」
「怖いなぁ」
「そんで、まぁ色々して…あの男の借金はなくなったから。お前はこれでオレらとは無関係な人生だ。オメデトウ」

オメデトウ。というぎこちないその一言に寒気が走る。あんな額の借金がそんな一瞬にしてなかったことになるの…?熱で朦朧としていた私の頭でも、そのくらいは分かった。

「色々した、っていうのは……」
「聞きてぇの?」
「……」
「聞いちまうと熱下がんなくなるかもしんねーなぁ」

口元の傷を引き上げながら笑う三途くんに、今まで感じたことのないような感情が込み上げて来た。あの男が、私に散々な思いをさせてきたあの男が、三途くんの手により跡形もなく片付けられたのだ。手が震え出した。これは恐怖心なのか高揚感なのか…熱で朦朧としている私には分からなかった。

「三途くん…」
「あー?」
「ありがとう」

私の口から飛び出したのは、彼を罵る言葉でも恐れる言葉でもなく、感謝の言葉だった。あんな男、始末したくても私はできない。だから正直感謝しかない。三途くんは首をゆっくりとこっちに向けて笑った。ちょっと昔の三途くんを思い出させるような笑顔だった。

「お前トチ狂ってんな」
「三途くんほどじゃないけど」
「それ褒めてんのかよ」
「そうかもね…」

余裕ぶって会話をしていたが、発熱に体は抗えないらしくブルブルと寒気がしてきた。やばい、これはもっと熱が上がってくる。布団にぎゅっと包まると三途くんが見かねてクローゼットから毛布も出してくれた。

「ありがと…」
「ナマエ」
「ん…?」
「暫くここにいていい。一人暮らしだろ」
「うん…」
「その代わりオレと付き合え」
「…ん?どうしてそうなった?」
「テメェのクソ彼氏始末してやったんだ。言うこと聞けや」
「めちゃくちゃだなぁ…」
「テメェもめちゃくちゃだろうが」

そうかな…三途くんほどじゃないって絶対。そう口にしたつもりだが眠気と寒気で口が上手く動いたか分からない。眠りに落ちる前に目の端に映ったのは、私の額に手を当てて「あっちぃ」と呟く三途くんの姿だった。


「わりぃなナマエ。おめぇの彼氏、二人もやっちまったな」

微睡の中私の耳に微かに入った気がする三途くんのその言葉の意味を、私は理解できなかった。






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