九井の幼馴染の報われない恋







 ココとイヌピーとは家も近所で幼馴染だった。イヌピーのちょっと歳の離れたお姉さん、赤音ちゃんも勿論知り合いで、よく私の事も可愛がってくれていた。優しくて、可愛くて、ふんわりした雰囲気で、小学生の私から見たら大人で…あんな人が近くにいたら、好きにならない方がおかしいと思う。

「赤音さんって本当にイヌピーの姉ちゃんなのかな…」
「え?」
「顔似てるけど、全然雰囲気違うじゃん!」

 そう言ってココは顔を赤くするもんだから、小学生だった私でもココがあの人を好きなことには気づいた。でも図書館で眠る赤音ちゃんにキスしようとしているところを見たとき、私は奈落の底に突き落とされたような気持ちになった。そしてなんとなく自分の中にあったココへの気持ちにも、はっきりと気づいた。

 でも赤音ちゃんは死んだ。この世からいなくなった。もう会えなくなった。大好きなお姉ちゃん代わりがいなくなって悲しいはずなのに、これでココの恋は終わると思って少し心が弾んだ。本当に…私って最悪な人間だ。
 ココは赤音ちゃんの死後も、彼女のことを想っていた。何かに取り憑かれたようにずっと悪いことしてお金に執着して…私はそんな彼が見ていられなかった。

「ココ、もうやめなよ」
「なにが」
「もうお金集める理由もないんだし…変なチームとか、入ってるのやめなよ」
「うっせーなぁ。お前に関係ないだろ」

 案の定、突っぱねられた。イヌピーも少年院入り、出所したかと思えばまたココと吊るんで新しいチームに入って喧嘩したり。二人とも私とは違う世界に行ってしまった。
 けど大きな抗争とやらがあった後、イヌピーとも決別したココを見てやっぱり放っておけなかった。赤音ちゃんとイヌピーを失って、いよいよ本格的に彼が孤独になってしまうと思ったから。

「ナマエさぁ、なんでオレのそばにいんだよ」
「いちゃだめ?」
「だめ。お前はこっち側の人間じゃねぇんだから」
「ココだってそうでしょ」
「オレはこっち側」
「違う」
「違くない」
「違う」
「違くない」

 くっだらない言い争い。小学生の時もよくこんなことしてたなぁって懐かしくなってふっと笑いが込み上げてきた。いつの間にやら随分と背が伸びたココは、そんな私を見下ろしながら「変な女」と言った。
 変な女と言われても嫌な気がしないと思ってしまうあたり、私はかなり盲目的に彼のことが好きなのかもしれない。

  ▼

 月日は流れ、私たちは成人になった。
 仕事から帰りだだっ広いリビングに置かれたソファに座り「疲れたー…」と高い天井に向かって呟く。大きな窓からはもうすっかり見慣れた夜景が見える。私はどうしてこんな煌びやかな場所で暮らすようになったんだろう…とぼんやりと考えていると寝室の扉が開く音がした。

「おかえり」
「ただいま」
「遅いじゃん。残業?」
「そう。最近ちょっと仕事が立て込んでて…」

 ふぅんと興味なさげな返事をしながらココは私の隣に座ってきた。
 大人になり、ココは本物の悪い人間になった。詳しいことは聞いてないけどずっとそばにいる私には分かる。もう本当に、後戻りできないところまで行ってしまったのだ。
 でもどこか孤独を感じているのか、ココは私をずっとそばに置いていた。私もココを一人にしたくなかったから、そばに居続けた。そして気づけば一緒に暮らしているまでになったのだが、依然として私たちの関係は『幼馴染』のままだった。それでも一緒にいられるならこのままでいいと思っていた。でも、でも…こうやって隣に座り私の肩に頭を預け、虚ろな目でボーッと一点を見つめる彼を見ていると、この殻を破ってみたくなってしまい「ねぇココ」と彼に呼びかけた。

「私ってココのなに?一緒に住んでるけど…ただの幼馴染?」
「…じゃあ超えてみる?」
「え」
「一線、超えてみる?」
「なに、言ってるの」
「もうずっと一緒に住んでんだし、そうなってねぇ方がおかしくね?それにナマエさ、オレのこと好きじゃん」
「……」
「ちげぇの?」

 違くない。違くなんかない。けどそういうことはちゃんと私を好きになってもらってからしたい。
 ココは私の肩から頭を離し、私と向き合った。ねぇココ、今あなたのその瞳には私は映っている?ちゃんと真っ直ぐに私のことだけを見てくれている?

「ココは……私のこと好き?」
「好きだよ」
「本当に?…赤音ちゃんよりも?」

 数年ぶりに口にしたその名。ココは目を大きく開いたあと、眉を顰めて辛辣な顔をした。私は居ても立っても居られず彼の頭を抱き締めた。こんな辛そうな顔は、もう見ていたくないから。

「大丈夫だよ…ココ。私がそばにいるから。気が紛れるなら、私のこと好きにしていいから」

 そう言うとココは私の背中に腕を回してきた。こんな風に抱き締められたのは、初めてだった。
 いいんだよ。ずっとこのままでいいんだよ。私はずっと一番近くであなたの辛い恋を見てきたんだから。いつまでもずっと、一緒に耐えてあげる覚悟はできているよ。




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