正しさだけでは救われはしない






ミョウジナマエ。中学1年2年と同じクラスになった女。成績も容姿もクラスでの立ち位置も至って平凡。だけど常にオレの目を引くその理由はただ一つ、その後ろ姿だ。


入学式が終わって教室に向かう中、もう二度と見れないと思っていた背中を人混みの中で見つけた。迷わず駆け足でその背中を追った。その髪色、長さ、髪質、肩幅、肉付き…間違いない。あれは絶対に、そう絶対に……!

「赤音さん…!?」

ぐいっと少し強引にその腕を後ろから引っ張った。赤音さん、ここにいたのか、会いたかったよ。そう思ったのも束の間、振り向いたその顔にオレは絶望した。……赤音さんではなかった。

「え……?」
「あ…悪い、人違い」
「はい…」

するりとオレの手から抜けていく細い腕。その様子を見て虚しさを覚えた。…なにやってんだか。赤音さんはもういない。んなこと分かってるっつーのに…あんな後ろ姿だけ瓜二つな奴が同じ学校にいるなんて。顔は全く似てなかった。声も似ていなかった。背は…分からない。オレもあの頃より背が伸びたから、赤音さんが実際どのくらいの身長だったか分からない。オレの中の赤音さんは、あの頃のまま止まっている。

後ろ姿瓜二つ女の名前はすぐ判明した。ミョウジナマエ。まさかの同じクラス。しかもまさかのオレの斜め2個前の席。故に席に座っている間は嫌でもその後ろ姿が視界に入る。ホームルームの間も、授業中も、自習中も……ずっとずっとミョウジの背中はオレの視界を覆っていた。

「赤音さん!」

なのに何で、あんな見慣れた背中なのに、オレはこうやってミョウジの背中を人混みで見つけるとこうやって後ろから腕を引いてしまうのか。最初は驚いていたミョウジも、いい加減迷惑そうな顔をしてきた。

「九井くん、あのさぁ…」
「あーごめん、悪ィ、ほんとに。もうしねぇから」
「うん…頼むよ」

何度も何度も同じ過ちを繰り返すオレは、正真正銘のアホだ。でもミョウジは一度たりともオレを怒ってこなかった。突っぱねてこなかった。だからオレもミョウジのそんなところに甘えていたのかもしれない。

オレは学校の奴らと基本的に話さなかった。こんな低俗で頭の悪い奴らと話しても何の得にもならねぇと思っているからだ。小学生の頃からひたすら大人が読むような経済学の本を読んでいたオレには、同世代なんて話す価値がなかった。だから学校で話す奴なんて、赤音さんと間違えて声をかけた時にちょっと言葉を交わすミョウジだけだった。


「九井くん、また人違いですかぁー?」
「あー…ごめん」
「別にいいけどさぁ。あ、じゃあ代わりにさ、ここの答え教えてよ」
「数学の問8?」
「そう。やってあるでしょ?」
「やってねぇけどまぁ分かるよ」

ミョウジの問題集のページの余白にサラサラと問題を解いていくとミョウジは目を輝かせた。こんな問題もわかんねーなんて、私立に通ってるとは言えこんなもんなのかよって呆れた。

「すごい!一瞬じゃん」
「…合ってるかわかんねぇけど」
「合ってるよ絶対。九井くん頭いいじゃん。特に数学はできるイメージ」
「まぁ一番得意ではある」
「そっか、ありがと。私次ここ当たりそうなんだ」

次の数学の授業で、ミョウジは予想通り問8で当てられていた。オレが出した解答をそのまんま黒板に写して、見事正解して先生に褒められていた。そして自席に戻ったミョウジの背中をオレはまた見つめていた。ミョウジの背中というか、赤音さんの背中と言うか…。はぁ、本当似てんだよなぁ後ろ姿は。

なんて思っているとミョウジがオレの方を振り向いた。そして声を出さず口を動かして「ありがと」と言った。

……そうだ、こいつは赤音さんじゃねぇ。ミョウジだ。ミョウジナマエだ。ありがと、と照れ気味に向けられたその控えめな笑顔は、ミョウジがオレだけに向けてきたものだと気づいた時、オレの中で何かが綻んでいった。



中3になって、イヌピーが出所して、黒龍を復活させるというから柴大寿を紹介した。それからと言うものオレは学校を休みがちになった。元々こっちの世界に足を突っ込んでいたからそこにあまり抵抗はなかった。当たり前に学校なんてもんに未練もねぇし。あるとしたら一つ、あの後ろ姿を見れなくなるくらいだ。


「あか……あ、」
「九井くん。久しぶりだね」

ついに街中でもミョウジの後ろ姿を見つけると反応してしまった。

「最近学校来てないみたいだね」
「クラス違うのになんで知ってんだよ」
「んー、なんか見かけないなぁって思ってて」

ミョウジは相変わらずオレが赤音さんと見間違えても何も言ってこなかった。赤音さんが誰なのかとか、オレが学校に行かなくなった理由とか、何も聞いてこない。だから楽だった、コイツと話すのは。

「…ミョウジ」
「なぁに?」

コイツは、赤音さんじゃない。後ろ姿が似ているだけの赤の他人。オレは赤音さんの幻影を求めてコイツに近づいているのか、それともミョウジ自身に興味があって近づいてるのか、もう判断がつかなかった。

「あー…送るよ」
「え?いいよ別に」
「いいから」

送ったことなんて今までなかった。なのに自然とオレの足はミョウジの住むマンションに向かっていた。後ろ姿を追っているうちに知ってしまったミョウジの自宅。ミョウジがクラスメイトと話しているのを聞いているうちに知ってしまった、トイプードルのココというペットの存在。ミョウジが嬉しそうに「ココがね〜」とクラスメイトに話すのを見て心がむず痒くなっていた。九井くんではなくココと愛称でオレを呼んでいるかのように錯覚してしまうくらい、オレはいつからかミョウジのことを意識していた。

オレの一歩後ろを振り返ると、そこには髪型と体型だけ赤音さんに似たミョウジが立っていた。オレが求めているのは赤音さんなのか、ミョウジなのか……。いずれにせよ、ミョウジナマエは今日もオレの脳内を掻き乱す存在なのは間違いない。



黒龍、東卍、天竺、関東卍會…チームを移り続け、月日も流れ赤音さんのこともきっぱりと忘れたつもりでいても、時々ミョウジのあの後ろ姿を思い出すことがあった。久々に見かければ見かけるほど、あいつの後ろ姿は赤音さんに見えた。突発的にその後ろ姿を抱き締めて赤音さん、と言ってしまった時はいよいよオレも末期だと思った。

離れなくちゃいけない。もうミョウジには会っちゃいけない。

なのに街で偶然見かけたら声を掛けてしまう。赤音さんの治療の為にと貯めていた金は、ミョウジの大学費用に使ってやりたかった。ミョウジが金で困っているなら、全力で支えてやりたかった。赤音さんの力になれなかったんだから、お前の力ぐらいにはならせてくれ。

そんなことを思っていると、ミョウジはオレの前に立ち憚り、赤音さんに似たその後ろ姿を見せてきた。

「…なんのマネだよ」
「誰に見える?」
「ミョウジ」
「ほんと?もう私にちゃんと見える?」
「…見える」
「じゃあ私だと思って…この間みたいにしてくれる?」

そう言われて驚いた。心臓がドクンと鳴った。
抱き締めて、いいのか。オレが、お前を、お前として。

恐る恐るミョウジの背後に近づき、その細い肩を抱き締めた。
分かっている。ミョウジが赤音さんじゃないことくらい。でも抱き締めてもミョウジの名前を呼べないのは、ミョウジをこれ以上自分に近づけちゃいけないと思ったからだ。





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